第4章『オーヴァーズ』(1)


  施術前日。

 ぼくは数日振りに、彼と顔を合わせることになった。

「よっ、久しぶり」

「……道継?」

彼と一週間ぶりに再会した場所は咲命館高等部の、二年教室廊下。

 時刻は既に五時を過ぎており、放課後を迎えた校舎内は生徒の数がまばらになっている。

 廊下に向かい、教室の窓際に寄りかかったぼくは外への窓に顔を向けて。

 隣にいる彼は、ぼくの隣で夕陽が差し込む教室を眺めながら、何気なく話を始めたのだった。


         *


「成程、久しぶりの親父さんにガチギレしちまったか。でも葉子さんっていう人は助けるって決めたんだろ?」

「うん。だけど、ぼくは……」

「迷っているか。まあそうだろうな」

 腕を組んだ彼は、うんうんと頷いて相槌を打つ。

そして少し躊躇う素振りを見せてから、ぼくに尋ねてきた。

「……おまえは才能計測を、どう思っている?」

「いま冷静になって考えるとさ。無才能者の中には、尋之の姉のように超過能力で苦しむ人々がいる。でも彼ら彼女らを救うには、TMIによる判別が欠かせない。だから……」

「必要悪だってか。だがな、おまえの超能力抑制っていうのは超過能力者を無才能者に戻してしまうんだろ。そうやって〝ただの無才能者〟に仕立て上げた後、そいつはどう生きていけばいいんだ? 超過能力に縋らないと生きていけないくらい、この世界は無才能者を精神的に追い詰めているんだぞ。その葉子さんは違うにせよ、もしおまえがこれからも超過能力者を抑制していきたいと考えているなら、そのジレンマにぶち当たることは確実だ」

 そう道継に問い詰められ、ぼくは何も答えられなかった。

 ――超過能力も、才能も与えられなかった無才能者の子供たち。

 彼らの未来を、ぼくは何も用意できない。

 できない癖に、ぼくがやろうとしていることは〝未来なき世界で生きろ〟と、無責任に強要するようなもの。

 ……それでも。

「超過能力者には命を零し続ける未来しかない。だけれど無才能者に戻れば、たとえ選択肢は限られていても――」

「空、おまえ自身が無才能者だろう」

「……ぼくも、一緒に頑張るから」

「本気か? 本当に、そう思ってるのか? 無才能者が集まって、一体なにができるんだ? おまえの異能で変えられるのは超過能力であって、無才能者の現状を何ひとつとして解決する力を、おまえ自身は持っていない。俺には、おまえが超過能力者をどうしようが何も変わらないとすら思えるぞ。どちらにせよ、そいつらは今のおまえと同じようになるだけでしかない。学校で進路指導に悩まされる、といったようにな」

 それを聞かれたぼくは、声どころか息が詰まった。

 正直なところ泣き崩れかけていたし、すでに道継を見て話してなんていなかった、けど。

「悪い、言い過ぎた」

 ぼくの横顔をちらりと見た瞬間、彼は頭を振って謝罪を口にする。

「いいよ、君の言ってることは事実だし」

「……これから、おまえの超能力抑制を巡って一波乱が起きるだろう。俺にできることはあるか?」

「今は特に。でも、ありがとう」

「そうか」

「……ねえ、道継が」

「なんだ?」

「…………ごめん、なんでもない」

 ぼくは口を閉ざして、彼に訊くことを諦めた。

 ――やっぱり、道継が〝ボス〟なのか。


         *

 

「先週は取り乱してしまい申し訳ありませんでした。姉を助けて頂けるというのに、酷く失礼でした」

 病室前に辿り着くと開口一番、待ち合わせていた尋之君は謝罪を口にした。

「いいよ、全然気にしてないから。それにぼくの方こそ、君への思慮が足りなかった」

「そう、ですか……すみません、早々に湿っぽい雰囲気にしてしまって。これから施術が始まるのに」

「大丈夫、すぐに終わらせるから」

ぼくは鞄から指貫グローブ型のデバイスを取り出し、右手に嵌める。

直後に眩暈がして、ふらりと身体が揺らいだ。

「どうかしましたか? まさか、気分が悪くなったりして――」

「いや、平気だよ。ただ」

「本当ですか、それはなにより、です」

「うん、だから安心して待っていて欲しい」

 ぼくは尋之君の横を通って、病室の中へと入る。

 そのとき彼の表情に陰りがあったのが、ぼくは気になったのだけれど……先に施術を済ませるべきだと判断して、いったい何があったか訊くのを止めておいた。


    *

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