第3章『それは才能と呼ぶには超え過ぎた能力』(6)
大地による実演の後始末を終えたぼくらは、机の上を掃除してから休憩所を立ち去り、次の目的地へと移動していた。
ガラス越しに実験場と思われる場所を前に、大地はそこで何人もの亜人を対象に行われているテストの様子をぼくらに見せた。
「見たまえ。彼らは亜人・哀神一属の青年だ」
「……何をしているんですか」
「さっき話したばかりの〝後天的な才能〟は、この研究所で造られている」
「…………」
「大丈夫、尋之君? さっきの休憩、大地のせいで全然休憩じゃなかったよね」
少々目がうつろ気味になっている尋之君に、ぼくは心配の声を掛ける。
が、「はい、まあ……」と気迫のない声が返ってきて、ぼくは余計に彼のことが不安になってしまった。
「彼らは皆、ここで才能計測器を被験することで才能を得て、それらをテストしている。先程、彼らのことをLサイズの紙コップに喩えたように、亜人である彼らは人よりも多く才能を得ることができるからね。一人で数人分の才能をテストできるのは、非常に効率的だ」
「……やっぱり亜人って、貴方たちにとっては奴隷か何かなんですか」
「そんなことはない。少なくとも、ここにいる彼らは違う。ほら、あれを見てみるといい」
大地に促され、ぼくらは実験場の一角に視線を向ける。
そこには、おそらく体操選手の才能をテストしていた哀神一属の青年が課題をクリアした後、にこやかな笑顔を浮かばせた研究員から親し気に話しかけられている様子があった。
それに対する青年の反応は哀神特有の乏しさであったが、それでも研究員は気にせず話し続けながら、甲斐甲斐しくスポーツドリンクやタオルを渡す。しばらくすると彼を連れて、研究員は実験場から立ち去って行った。
「かつては怪異として畏怖されたり、忌み嫌われたりした亜人は、人の世界に溶け込んで生きるには不都合のある存在だった。そんな彼らを保護するべく、裏財閥には彼らを迎え入れてきた背景があるんだ。たしかに家柄によっては、奴隷同然の非道な扱いを強いらせてきた事実もある。だが今では亜人も不足し、どこでも彼らに対しては人道的な配慮をするよう心掛けているよ。ほら、亜人材事業というのは、ああいう風に彼らの居場所を作ってあげている側面があるんだよ」
「……都合よく利用しているのでは」
「仕方がないじゃないか、なんでも無償という訳にはいかないんだからさ」
開き直ったように言う大地に、尋之君は不満げなのか眉間に皺が寄り始めている。
そろそろ危ういような気もしたけれど、下手に立ち止まって研究所に滞在する時間を長くしたほうが悪いだろうと、大地に急かすよう言った。
「大地。最後の場所は、あそこでしょ」
「ああ、もう近くだ。それを見せたら、尋之君は自由に研究所を見学してくれていい」
「……わかりました」
「…………」
たぶん彼はエントランスに戻って、研究所のことを意識しないよう待機するのだろうとぼくは予想する。
それからしばらく歩くと、目の前に厳重なセキュリティを施していると思われる端末と、ぶ厚い鋼鉄の扉が現れた。
「――この先にあるのが人工才能ソフトウェアを生成し、日本各地にある才能計測器へと送り続ける〝仮想世界運営システム〟の中枢サーバー〝スカイア〟だ」
大地は誇らしげに胸を張りながら紹介してくれたのだけれど……ぼくにとっては、これこそが諸悪の根源としか思えず、淀んだ感情を抱えて扉を見つめる他なかった。
*
「当然だが中には入れない。だから、ここが今日の終着点だ」
「…………」
「これを造るのに参考にしたのは〈亜人・叉蛇一属〉だ。複数の人格を一つの脳に搭載する機能を、こうして再現してみたんだ。このサーバー内には数億単位の仮想人格が入っていて、それら数億人のデータ人間に学術研究、スポーツや芸術、数多の才能分野を〝仮想シミュレーション〟してもらっている。一つの才能分野で、トップクラスの成績を修めた人格データを基にして〝天才のデータ〟をかき集め、それらを纏め上げたり、先程の亜人による実践テストを行い、誤差を修正することで人工才能ソフトウェアは完成する」
「…………それは、違う」
「その人工才能ソフトウェアを、TMIを通じて子ども達の脳にインストールする。こうして彼らは、ここで造られた才能を獲得する。ただし無才能者は才能をインストールされず、例外的なサンプルとして登録される。表向きには、彼らの才能も計測できるようにするための研究材料として、個人情報を取らせて頂いていることにしているが……実をいえば、昨今の超能力に関係している少年犯罪の容疑者を絞る際に、ここで登録しておいた無才能者のデータを警察に提供していたりと……まあ、いろいろと便利に使わせてもらっていたりもするよ」
「……そんなの」
「ん? どうしたんだい、尋之君?」
「そんなの、もう人間じゃない――ただの〝機械〟だ!」
新世界を都合よく運営するための、用途を定められながら量産された部品でしかない。
確かに、それなら生まれ持った才能があっても無くても一緒だろう。
ヒトの人生は、才能は、世界というシステムのために使い捨てられるのだから。
……さっきまで我慢し続けていた尋之君だけれど、とうとう彼の精神が沸点を超えてしまっているようだった。憤った彼に、大地は特に動揺することなく言葉を返す。
「ふむ、そういう風に解釈をするんだな、君は」
「解釈じゃないだろ、普通に考えればおかしいだろうが! 大地さん、あんたは何も思わねぇのかよ! 才能計測器だって? 出来合いの才能を押し付けておいて笑わせるな! そんなもんは俺たちに必要ないんだろ! だいたい何も知らない子どもに、自分の才能だって偽っている時点で悪行にも程があるんだっての!」
「しかしだね、これで〝九九%の凡人〟を天才にしてきたんだ。たしかに彼らの意志等は無視した行為だが、別に僕たちは〝才能計測に基づいて生きる〟ことなんて強要しちゃいないさ。職業選択の自由に触れてしまいかねないからね。一般的には才能を計測したけれど、どう生きるかは本人に任せている」
「だから選択の余地を無くしてんじゃねぇかよ! 才能値を無視して生きることが、どれほど困難かなんて無才能者たちを見れば一目瞭然だろうが! 姉さんを助けてもらう手前、文句を言える立場にないことは理解しているけどさぁ、こんなのあんまりだろ! こんなんだと……姉さんが元に戻っても、無才能者になるだけで全然救われない!」
「困ったなぁ。ここまで怒られても、もう話すことは特にないんだけど」
「困り果ててんのは今の無才能者達だよ! なんで俺が才能計測器について教えて欲しかったのか分からねぇのか……姉さんに納得してもらうためだよ。才能計測器に問題は無くて、そう生まれてきたから仕方がないって諦めてもらうからだよ。なのに、こんなクソみたいな詐欺が真相だなんて、姉さんに言えるわけがない! 空さん、あんたからも――」
「……あ」
唐突に投げかけられて、ぼくは口籠ってしまう。
やがて、ぼくの中でたったひとつだけ浮かんできた言葉があった。
「ごめんなさい」
「え?」
「……ごめんなさい。本当に、ごめんなさい」
ぼくは、ただ謝罪を口にする。
彼だけではなく、才能計測器に将来を歪まされた全ての子ども達のことを思いながら、ただただ己の罪を認める。
幼い頃のぼくが大地に唆されて、〝すべての人々が特別で唯一の、素敵な存在になれる理想の世界〟を彼と共に追求しなければ、こんなことにはならなかったかもしれないから。
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