第3章『それは才能と呼ぶには超え過ぎた能力』(4)

 結論からして。

 リン子さんの推理は、ものの見事に正確無比かつ――無慈悲だった。

「はじめまして、立花空さん。本日はお忙しい中ご足労頂き、誠に有難うございます」

 喫茶店に到着し、指定席に辿り着いたばかりのぼくを迎えた相手は、どうしようもなく完膚無きまでに男だった。

 年頃はぼくと変わらないくらい。さらに隣の市内に位置する高校の制服を、彼は身に纏っていた。 

「は、はぁ……とりあえず最初に訊いておきますが、ぼくに手紙を渡した子と、どういう関係なの?」

「あの人は、ただの仲介人みたいなものです。一応、俺も裏財閥とは無関係ではないのですが……一般人が直接関わるべきではないので」

「あのさ、ハートのシールで封をしたピンクの便箋。あれ、君がぼくに送ったの?」

「はい。俺が送りました。家に用意していたのがそれしかなかったので……すみません、好みに合わず、気を悪くしてしまったでしょうか」

 ――嘘でしょ。

「じゃあ、あの丸みを帯びた文字や、ファンシーかつプリティなデザインの手紙も?」

「文字、ですか? よく『おまえヤバいくらい丸文字だな』とか言われますが。手紙については、礼節を弁えて一般的なものにすべきか迷いました……でも、まだ俺は学生ですし、自分の趣味で自由に選んでみたんです。好きなんですよ、こういうの」

 ――じゃあ何故、手紙の一人称をご丁寧にも『私』にした。せめて『僕』にしろ。

 畜生、ぼくの純情を弄びやがって。勘違いしたぼくの自業自得かもしれないが。

「それで君の名前は?」

「失礼、申し遅れました。俺の名前は錺尋之(かざりひろゆき)といいます」

「あらためて立花空です。それで、ぼくにどういった用件で?」

「俺の姉さんを助けて下さい。今なら貴方の手によって救えます」

「……どういうこと? ぼく、医者でも何でもないんだけど」

尋之君の、弟の声には縋りつくような必死さが滲み出ていた。

 そんな彼の態度に気圧され、ぼくは少し慄いてしまう。

「これから姉さんのいる病院に案内します。だけど、恐らく今の貴方は姉さんを直視できない。だから、その前に……この写真を」

 言い終えた彼は日付付きの写真を複数、机の上に広げた。

 しかし、そこには彼が姉さんと呼ぶ少女――否。

 その姿は何処にも存在せず、代わりに写っていたのは。

「この人は君の……お母さんかな」

「いえ、違います。たしかに彼女は母親似ですが、母ではありません」

「まさか彼女って、まだ未成年なの?」

「はい……俺の姉、です」

 尋之君は絞り出すような声で、彼の姉が〝超過能力者の成れの果て〟であることを零した。


         *


「心の準備は整いましたか?」

「ん、大丈夫だよ。病室に入っていいかな?」

「……どうぞ」

 尋季君から入室の許可を貰ったぼくは、いよいよ病室へと足を踏み出す。

「では、失礼します」

 そして。

 ぼくは病室のベッドで身を横たえていた女性と、ようやく対面した。

「はじめまして」

「………………」

 その女性――錺葉子(かざりようこ)さんから反応は無かった。

 当前だ、彼女の意識は既に半年も途絶えている。いわば植物状態なのだ。

 ぼくはベッド横に備えられた面会者用の椅子に腰を下ろし、独白を続ける。

「いや、違うね。久しぶりって言うべきなんだろう。君は、あの能力開発研究所で超能力覚醒実験に参加していたはずの一人なんだから」

 ぼくの質問に対し、彼女は静かな寝息で応えるのみ。

 それでも、そんな彼女に対して、ぼくは静かに伝わることのない謝罪を呟いた。

「ぼくは君と会っていたと思う。でも、ぼくは憶えてないみたいだ。昔のことは、あまり思い出したくなくて……ごめん、君のような被害者の超過能力者から目を背ける真似をしてきて。本当に申し訳ない」

彼女の姿は同じ年頃の少女とは思えないほど――老化、していた。

 細かく注視しないと気付かないけど、目の周りと手の甲に刻まれた皺の数は、肉体の劣化と衰弱を如実に物語っている。

 罪悪感で胸が苦しくなったとはいえ、ぼくは諦める他なかった。

「……ごめんなさい。今のぼくには、君を救う手立てなんてない」

 彼女は超過能力者だ。

 しかし、巷で犯罪に手を染めるような、自業自得の子どもではない。

 むしろ超過能力による被害者だった。

「今まで攫われていて、行方不明だったんだってね。それで見つかった頃には、ここまで身体を衰えさせていたのかな」

「はい。姉さんの超能力は〈隠滅(インヴィジブル)〉……一言でいうなら姿を消し去る能力です。透明人間になったり、自分だけでなく他人も超能力で見えない身体にしてしまうとか」

「〈隠滅〉……その超過能力で七年間も何かを隠し通すために、彼女は利用され続けたのか」

「いったい何が目的で、姉さんを攫ったのか未だに判りません。ただ衰弱しているのを見て、ずっと超能力で何かを隠し通してきたことは事実でしょう」

「…………」

 七年前、といえば能力開発研究所での超能力実験と重なる。

 もしかしたら関係があるのかもしれないと考えていると、尋之君が真剣な眼差しを向けながら尋ねてきた。

「先程の言葉ですが、もし可能な手立てがあるとするなら、姉さんを助けて頂けるという意味でしょうか?」

「え?」

「俺は、立花さんが姉を救うことが可能であるという確証を持って連れてきたんです。これから貴方に会ってもらう人物が、貴方に〝超能力者を救う力を与えてくれる〟と約束してもらってますから」

「どういうこと? そんな人がいるなら、ぼくは――」

「立花さんだけでも、その人だけでも無理です。姉に限らず、すべての超過能力者を救う力を手に入れるには、二人が協力し合う必要があります」

「まさか、とは思うけど……」

「そろそろ行きましょう。ここへ来たのは貴方に姉さんと面会してもらうだけが目的で、今日の最重要目的ではありませんから」

 椅子から立ち上がり、尋季君の方へ振り向くと彼は扉の前で待機していた。

 前言どおり、最初から彼は病室に長居するつもりが無かったらしい。

「これから移動しますが、お時間は大丈夫ですか?」

「夜、七時までには帰らなくちゃいけないかな。家、あまり空けたくないんだ」

 今、家にはたった一人で過ごしている母さんがいる。

 そして彼女と共にいられるのは、ぼくしかいない。他人よりも家族を優先するようで悪いけれど。

「わかりました。では今すぐ、あの人の元に向かいましょう」

「あの人というのは?」

「貴方のよく知っている人です。TMIを開発し、才能開発システム〝ブルーミング〟を生み出した天才科学者――美作大地が、貴方を待っています」

「…………」

やはり父さん――美作大地が、この街に帰ってきていた。 


         * 


 病室から退出したぼく達は、ほどなくして駐車場に到着した。

 そして、ごく一般的な軽自動車の前で立ち止まった彼は、

「美作さん、息子さんを連れてきました」

という台詞と共に、助手席のドアを開く。

 そのまま彼が座席に腰を下ろすと同時に、後部座席の自動ドアが開かれた。

 意を決っして、いや心の準備がままならないことを、なんとか誤魔化す振りをして。

 ぼくは車内へと乗り込み――


「――数年ぶりだね、空」


「今更、どの面下げて日本に帰ってきたんですか。貴方という人は……」

「やれやれ。TMIの海外普及を実現するために、ずっとアメリカにいて音信不通だったことは謝罪するけれどね。父との再会の第一声が、こんなのでいいのかい空? 寂しくとかはなかったのかな」

「いえ、まったく。いなくて清々します」

 数年振りに美作大地と、父親と再会した。

 いつか再び、出会えるなんて夢にも思っていなかった。いや、思いたくなんてなかった。

 たとえ血の繋がった相手だろうとも、ぼくと母さんを置き去りにした本人のことなんて顔も見たくなんてなかったから。

「せっかくの再会だ。もっと多忙な僕との時間を大切にして欲しいんだがね。さて、今すぐにでも君と語らいたい所だが、残念ながら今日一日しか時間を空けられなかった。積もる話は目的地で行うとしよう。まあ車内で軽い雑談程度なら興じてもよいのだけどね」

「……ぼくから話すことは何もないです、美作さん」

「母さんは元気かい、空? あと他人行儀に苗字呼びは止めて欲しいな」

「貴方がいなくなってから元気を失くしたままです」

「僕は、君と君の叔父――直紀君に頼んでおいたんだがね。どうやら上手く行ってないようだ」

「上手く行くわけないでしょう、母さんにとって美作大地の代わりなんていないんだよ……」

「……とても苦労を掛けて申し訳ないけど、それとこれとは話が別だ。空、話の前にシートベルトをして座ってくれないか。運転できない」

そう言い終えた大地は、ぼくが後部座席に着席し終えるのを確認してから、自動ドアを閉めてエンジンをかける。

 そして速やかに、病院の駐車場から公道へと車を走らせた。

「………………」

 父親と息子。

 けっして広くない車内の空間が、ぼくには咲命館の教室よりもずっと広大に思え、漠然とした寂寥感に胸を締め付けられた。

 理由はたった一つ。

 助手席にいるはずの母がいなかったからだ。


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