最終話 メガネは本好きの証

『クックック、どうした?その程度か?』

「ハァ…ハァ…、まだ!もう一度!!」


ギュインギュイン……パシュー…


「え、そんな?」

『らのちゃん!?』


 もう何回目か分からないプリらのプリズムらのインパクトを作ろうとするけれど、虹色の球は収束せずに拡散して消えてしまった。

 どうして?今までこんな事無かったのに?


『ふん、もうおしまいか。思ったよりは楽しめたな』


 なんとかハクメンのお母さんの尻尾を五本まで消滅させたのに。

 後は三本だけなのに。

 どうして……どうしてプリらのプリズムらのインパクトが作れないの?


『さあ、死ぬがよい!!』


ブォン!!


 三本の尻尾が束ねられ、一つの大きな塊となって私達を襲う。


「きゃあ!!」

『ああっ!!?』


 展望室は激しい戦いの余波で穴だらけになっていて、私達はその穴から外に弾き飛ばされた。


ヒュウゥゥゥ


 戦いの最中でも本都タワーは成長していたようで、外はとてつもない高さになっていた。

 具体的には下に雲が見える高さ。これ、確実に落下死するよね?


『らのちゃん!空中制御をするんだ!せめてタワーまで手が届けば!!』

「わ、分かった!こ、こうかな?……あぐっ!!」

『らのちゃん!?』


 何とか腕を動かしてタワーのほうまで戻ろうとするも、腕に強烈な痛みが走る。

 腕だけじゃない。体中のあちこちが痛い。


『ら、らのちゃん、変身が…』


 ハクメンの呟きに自分の体を見下ろすと、所々の変身が解けかかっていた。


「え、なんで変身が?」

『……読書熱量リーディングカロリーを消費しすぎたんだ。プリズムらのインパクトが作れなかったのも、きっと……」

「そんな…」


 ここに来てガス欠。

 この一ヶ月はずっとアンチ獣と戦ってばっかりで全然ラノベを読めていなかったから、その皺寄せが来てしまった。

 こんな事になるのなら、もっと沢山のラノベを呼んでおけば…


ヒュゥゥゥゥ


 落ちる。落ちる。落ちる。


 雲を突き抜け、どんどん加速しながら、地面に向けて落ちる。


 もう私の変身は解けてしまい、ハクメンも狐の姿に戻ってしまった。

 私達は何も喋らなかった。喋れなかった。


 負けてしまったのだ。






『ごめんね、らのちゃん』

「え?何?ハクメン」


 段々と本都の街並みが見えてきた頃、ハクメンが呟いた。


『本当は巻き込むつもりは無かったんだ』

「そうなの?」


 確かにハクメンとの出会いは私が遅刻しかけていたからだし、狙って巻き込めるものじゃないよね。


『あの時、らのちゃんに抱きしめられた時、らのちゃんの読書熱量リーディングカロリーが……とても温かかったんだ……』

「私の読書熱量リーディングカロリーが?」

『そう、らのちゃんの読書熱量リーディングカロリーは温かいんだ。

 読書熱量リーディングカロリーは熱量とは言うけれど、人によって波長は違う。水のようにさらっとしている人も居れば、岩のようにガツンとしている人も居る。

 …母さんは氷のように冷たかった。自分以外の作者を妬み、どうせ作品を作っても誰にも評価されないんだって、作者と読者の両方のアンチ獣になっていた』


 読者のアンチ?

 私には分からないけど、そんなのもあるんだ。


『でも、らのちゃんの読書熱量リーディングカロリーは本当にラノベが好きなんだなって、純粋に楽しんでいるんだなって、まるで太陽みたいに力強く、大きく、温かかったんだ。

 だから、僕はそれが忘れられなくて、らのちゃんを巻き込んでしまった…』

「ハクメン…」

『ごめんね、らのちゃん。僕のせいで…』


 ハクメンはそう言って、目から大粒の涙を流す。

 そんなの今更なのに。謝らなくてもいいのに。


ギュッ


 私はそっとハクメンを引き寄せ、力強く抱きしめる。

 もうすぐ地面にぶつかるけど、その時まではハクメンと一緒に…


…ノ…ン…バレ……ラノ…ガンバ…


「ハクメン?何か言った?」

『いや、僕じゃない。でも僕にも聞こえる。なんだろう?』


ラノチャン!! ガンバレ!! ラノチャン!! ガンバレ!!


 どこからか、声が聞こえる。

 私の名前を叫ぶ、声が!!


「ハクメン!見て!下!!」

『 下?あれは!?』


 補助メガネの効果で視力が上がっている私には、本都タワーの周りに大勢の人が集まっているのが見えた。




「らのちゃん!がんばれ!!」

「負けるなぁ!らのちゃーん!!」

「戦ってる最中に太股チラチラ見えるの最高ー!」

「大きいおっぱいは正義ぃーー!!」

「本都を救ってくれ!らのちゃん!!」




 大勢の人達から聞こえる、私への声援。

 カケルさんも居る。ステテコのおじさんも居る。読書強化集団の人達も居る。アンチ獣だった人達。出版社へ行ったはずのスーツの人。本屋のお兄さん。近所のお姉さん。それから、知らない人も沢山。

 沢山の人が危険なのを省みずに、『らのちゃんファンクラブ』って書かれた旗を振ったり、鉢巻を締めたり、サイリウムを振りながら塔の上で戦っているだろう私に声援を向けている。




「ハクメン!私!まだ諦めちゃダメだ!」

『らのちゃん!!』

「こんなに!こんなに私を応援してくれる人が居る!本都を好きな人達が居る!だから!まだ諦めちゃダメだ!!」


 私は一人じゃない。ハクメンと二人だけでもない。

 応援してくれるみんなが居るから!!


「ハクメン!魔本!!」

『そうか!分かったよ!!』


グパァ ポンッ!


 ハクメンの口から黒い表紙に赤い十字の帯の付いたおどろおどろしい魔本が現れる。

 私はそれを掴み、声を出しながら念じる!!


「集まれ!読書熱量リーディングカロリー!!本都のみんな!!私に力を貸して!!!」


ゴォォォォ!!!


 目に見える程に凝縮された読書熱量リーディングカロリーが、本都中から魔本に集まる。

 様々な人達の、様々な読書熱量リーディングカロリー

 それが集まり、本だけじゃなくて私をも包み込んで虹色に輝き、やがて私のメガネと一体化する。


ボウッ


私の周りに暴風が吹き、落下が止まった。


『らのちゃん!みんな!叫ぶんだ!!』


 ハクメンが大きく声を上げる。

 塔の周りに集まっているファンクラブの人達は勿論、本都中の人達が私に声を合わせる。


『『『メガネは!!本好きの!!証!!!』』』


ピカーッ!! ビカビカビカー!!


 全身を虹色に輝かせながら、落ちてきた空へと飛び戻る私。

 落下中のスピードよりも速く、雲を突き抜け、展望室の高さまであっという間に上り詰める。


「魔本少女!」

『ブックマウンテン!』

「プリズムらの!!」


 服は純白に染まり、帯は羽のように広がり、メガネは虹色の光を放つ。

 今度は負けない。私達は二人だけじゃない!!


『キサマ!死んだはずでは!?』


 ハクメンのお母さんは驚いた声を上げ、私達を見つめる。


「全ての本を好きな人達の為に、あなたを倒す!」


ギュインギュインギュイン


 本都中の読書熱量リーディングカロリーを手に集め、虹色に輝く読書玉を作る。


『愚かな!私の作品が世界一だ!!私の作品だけ呼んでいれば良いのだ!!それを邪魔するのならば!!消滅するが良い!!!」


ギュインギュインギュイン


 ハクメンのお母さんの大きな口に、黒い作者玉が出来上がる。

 貴女も可哀相な人だというのは分かる。でも、それは他の人に迷惑をかけていい理由にならない!!


「いっけぇぇぇ!!プリズムらのブレイク!!!」

『小娘がぁぁぁ!!』


ズゴゴゴゴ!! グガガガガ!!


 虹色の球と黒い球がぶつかり、拮抗する。

 たった一人で本都のみんなの力と匹敵するエネルギーを出せるなんて、ハクメンのお母さんは流石だと言わざるを得ない。

 でも、一人で出来る事なんて限られている。


『プリズムハクメンインパクト!!』

『何っ!!?』


 ハクメンの放った読書玉プリズムハクメンイパクトが私の読書玉プリズムらのブレイクと合体し、拮抗を押し返す。


『ハクメ…何故……』

『母さん、もう休んで…』


 そのまま読書玉プリズムらのブレイクがハクメンのお母さんを貫き、ハクメンのお母さんは消滅した。









「終わったね、ハクメン」

「うん…らのちゃん、ありがとう」


 ゆっくりと元の形へと戻っていく本都タワーの展望室で、私とはハクメンは見詰め合っていた。

 ハクメンは狐の姿ではなく、少年の姿をしている。顔がかわいい。


「本当にありがとう。そして、さよならだ」

「え?」


 この流れは二回目。

 え、まさか、もしかして。


「僕は母さんの本当の子供じゃなくて、母さんのアンチ獣の能力の一部なんだ」

「え?待って待って、それって…」


サァー


 私が言葉を言いかけているうちに、足の先から粒子となって消えていくハクメン。


「お別れだらのちゃん。母さんが作った魔本も、補助メガネも、僕と一緒に消えるだろう」

「待ってって!なんで?これからじゃん!!」


 ハクメンは自分が消えるというのに、とても爽やかな笑顔をしている。

 私は逆に、涙を我慢してとても不細工な顔になる。


「もう一度言うよ。らのちゃん、この一ヶ月は本当に楽しかった。ありがとう。さよなら」


 ハクメンは笑顔のまま塵になって消えていった。


 カラン


 残されたのはステテコのおじさんのメガネと、またも大粒の涙を流す私。

 後でもう一発殴るって決めてたのに…なんで……なんでハクメンが消えなきゃいけないの……なんで!!?


 タワーが元の形に戻っても、カケルさんが展望室まで迎えに来ても、私はずっと泣いたままだった。




 こうして本都の危機は去り、人々は私を讃えて喜んだ。

 でも、私はそれを素直には受け取らなかった。

 私だけの力じゃ無い。みんなが居たから勝ち取れた奇跡。

 そう、私だけじゃ無い。ハクメンが居てくれたから出来た。


 ハクメン…私こそ、ありがとう……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る