第3話 読書熱量

 気が付くとお姉さんは居なくなっており、涙が止まって落ち着いた私は家に帰る事にした。

 帰ったとしても本の柱?という装置が動き出したら私も洗脳されちゃうんだろうけど、もうどうでも良くなっちゃった。

 最近はラノベを全然読めてないし、一つの作品に熱中するのもいいのかも。

 折角買ったのに好みじゃなかったとか、応援していたのに打ち切りになったとかないだろうし、それも有りよね。うん。


「うぅ…やっぱ嫌ぁ……」


 そこまで考えて、止まったはずの涙がまた溢れそうになる。


 いくら失敗したとしても、自分が読む物は自分で決めたい。

 自分が好きな物は自分で決めたい。

 他人からオススメされるのは良くても、それしかないってのは嫌。

 色んな作品を読んで見たい。色んな作者を知りたい。

 そうやって私はラノベを好きになったはず。

 でも、


「その楽しみを奪う事を私は手伝っていたんだよね…」


 ハクメンが言っていた事を思い出す。


『ああそうさ。僕のご主人様はこの魔本を使い、世界を一つにする。らのちゃんは僕に騙されてその手伝いをしていただけなんだよ』


 私はずっとハクメン騙されていたのかな?


「ギャー!助けてー!!」


 突然、誰かの叫び声が聞こえる。

 助けに行かなきゃ!

 そう思った時にはもう、体は動いていた。


『アノオカタノサクヒンダケヲアイスルノダ』

『ソウダ。ソレイガイハスベテダサク』

『オッチャン、ヨウミトケェノォ、コレガクソショウセツノサイゴジャア』

「止めてくれ!これは大事な原稿なんだ!書籍になるまで頑張った作品の原稿なんだ!!」


 スーツを着た男の人が、封筒を大事に抱えて蹲っている。

 それを取り囲んでいるのは動物やバナナ?の形をした真っ黒なアンチ獣。


「早く変身しなきゃ!ハクメン、メガ……」


 近くまで駆けつけた私は、そこまで言って気付く。

 ハクメンは、もう居ない。

 もう、あのメガネは無く、私は変身できない。




 でも、それでも私はスーツの男の人の元へ駆けつける。

 たった一ヶ月だったけど、もう変身出来ないけど、それでも


「助けを求めている人を!魔本少女は見捨てない!!」

「そうだ!それでこそ魔本少女だよ!らのちゃん!!」


 スーツの男の人の前に飛び出した私に、後ろから声がかかる。

 その声に、私は勢い良く振り返る。


「ハクメ……ふとっちょのおじさん!??」


 そこに居たのは、私が一番最初に変身した時のランニングシャツにステテコパンツのおじさん。

 なんで今日もその姿なの?


「そうだらのちゃん!あの時のハクメンの言葉を思い出すんだ!」


 私だけじゃなくてスーツの男の人もアンチ獣もふとっちょのおじさんの登場に驚いて言葉に詰まる中、おじさんだけが自信満々に喋る。


「あの時、ハクメンはなんて言っていた!?思い出すんだ!!」


 おじさんは両手を握って唾を飛ばしながら叫ぶ。ちょっと汚い。

 でも、おじさんがこう言うからには、あの時のハクメンの言葉に何かあるんだろう。

 強烈過ぎて忘れない、ハクメンがぬとぬとのメガネを付けろと言ってきた時の事を思い出す。


 ………まさか、


「補助メガネ!!」

「そうだ!あのメガネはハクメンが用意した補助メガネだ!変身の力はメガネにあったんじゃない!らのちゃん自身の力だ!!」


 おじさんの言葉に導かれ、私はメガネのブリッジを右手の人差し指で押さえる。


 確証は無い。でも、何故かそれが出来ると分かる。

 きっとこれが、読書熱量リーディングカロリーの力。


ボウッ


「グアッ!?」

「グウッ!?」

「グオッ!?」


ダンッ! ドンッ! グチャ!


 私だけじゃなく、おじさんとスーツの男の人を取り囲んで暴風の渦が現れる。

 三体のアンチ獣はそれに吹き飛ばされ、壁に打ち付けられた。


「さあ!叫ぶんだらのちゃん!!」


 おじさんの声に応え、私はこの一ヶ月毎日叫んでいた言葉を紡ぐ。


「メガネは!本好きの!証!!」


ビカー! ピーン!パシューン! プリリリーン! ッテテー!


 短縮バンクで私にいつもの衣装が現れる。

 ただ、腰帯にお面は無い。

 でも、私はこの程度のアンチ獣には負けない!!











「本当にありがとう!この原稿は命より大事なんだ!そうだ!お礼にまだデビューしていないけど私のサインをあげよう!!」

「いえ、結構です」

「そうかい?後で後悔しても知らないよ?じゃあ私は出版社に行くから。本当にありがとうね!」


 スーツの男の人はそう言って、原稿を大事に抱えながら立ち去っていった。

 私はスーツの男の人に手を振りながら、隣に立っているおじさんに話しかける。


「ありがとうございます。でも、どうしてここに?」

「おじさんはね、らのちゃんに倒されてからずっとらのちゃんの事を見ていたんだよ。所謂ストーカーって奴さ」


 うわ、キモ。


「うわ、キモ」

「ぶひぃ!らのちゃんの冷たい目線気持ちいぃ!……と、半分冗談は止めて本当の事を話そうか」


 半分は本気なんだ。


「私はカケル君と同じ読書強化集団の者だ。あの時君助けられてから、君とハクメンが何者かをずっと探っていたんだよ」


 カケル君?

 あ、もしかしてお姉さんの名前かな?そうか、カケルって名前なんだぁ。

 ちょっと男っぽすぎる名前だなぁ。もうちょっと中性的な名前が似合いそうなのに。


 私はおじさんの告白を上の空で聞いていた。

 この話はあんまり重要じゃない。だから、こっちから訪ねることにする。


「それで、ハクメンを止めるにはどうしたらいいですか?」


 私はおじさんの顔を真っ直ぐ見る。

 おじさんも、私の顔を真っ直ぐ見ていた。


「止めても無駄なのだね」

「はい。あの時はショックで頭が回っていなかったけど、今なら分かります。あの時のハクメンは

 確かに読書熱量リーディングカロリーを吸い取ったことは悪かもしれない。でも、ハクメンは暴走した人達を救っていたのは確かなんです。

 やろうと思えばいくらでも読書熱量リーディングカロリーを回収する事は出来たはず。それこそ命の危険がある状態まで吸い取れば、もっと早く読書熱量リーディングカロリーは集まったはずなんです」

「君は、ハクメンが意図的に読書熱量リーディングカロリーの回収を遅らせていたと言うのだね」

「はい。そう思います」


 ハクメンはいつも読書熱量リーディングカロリーが暴走した人か、暴走する危険のある人しか選んでいなかった。

 効率よく集めるのなら、無差別でも良かったのに。


「実は読書熱量リーディングカロリーを魔本に吸収された人は二度と同じ対象で読書熱量リーディングカロリーの暴走を起こさなくなるという結果が出ている。カケル君たち若い職員はこれを悪い物と考えているが、実際はリミッターのような物なのだろう」


 やっぱり、ハクメンはその後の事まで考えて…


「それで、ハクメンの止め方だが、それは簡単な事だ。彼もアンチ獣になっているのだから、君の読書玉リードボールをぶつけてやれば…」

「プリズムらのインパクトです」

「え?」

「プリズムらのインパクトです」

「う、うむ…君のプリズムらのインパクトをぶつけてやれば良い。だが、問題は彼の言うご主人様だろう。あの本都タワーを使って自分の作品だけを崇めさせようとする悪い奴だ。正直、そいつについての情報は何も無い」


 読書強化集団の人達でも分からないのか…だったら、出たとこ勝負するしか無いわね。


「ありがとうございました。後は、現地で考えます」


 私がそう言うと、おじさんは悲しそうな顔して私を見つめる。

 ハクメンの事が無かったとしても、全てを止める為には私が行くしか無いのだ。


「せめて、これを持って行ってくれ。私のメガネだ。何かの足しにはなるだろう」


 私はおじさんのメガネを受け取ると、着々と天に向かって伸び続けている本都タワーへと向かい、走り出した。

 ハクメンを止める為。ううん、ハクメンを助ける為に。

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