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発条璃々

最後の5分間

 漂流して3日が経過した。


 誰もが個人の宇宙船を所有して、


 気軽に月旅行が当たり前。


 月に設置されたリゾート地へと遊ぶのが夏休みを過ごす定番だった。


 宇宙船の操縦や諸々は全てAIが行ってくれる。


「やっぱり、旅費に充てるためにケチったのがいけなかったかな」


 一人乗り用の小型宇宙船。ネットで破格で売られていたのを即買い。


 だがちゃんと備考欄に目を通していなかった。


『マスター、オチコンデ、イテモ、シカタナイヨ?』


 カタコトの電子音が船内に響く。


 今のご時世、もう少しまともなAIが積んでいる。


 AIのくせに、道を間違うとか、どうなってんだ!


 気付けば、月へのルートを外れて、地球と火星の間を漂っている。


 目の前にある画面をタッチして表示を切り替えていく。


『残存酸素時間:残り5分』


 元々、月と地球の往復分の燃料と酸素量しか積んでいない(資金が足りずこれが限界だった)


 目を閉じてこの一年を振り返る。散々な日々だった。


 長年、勤めていた会社をクビになり、


 結婚を約束していた相手には逃げられ、


 新手のウチウチ詐欺に遭い、


 隣がボヤを起こし飛び火して家が燃えた。


 結婚資金にと貯めていたお金は、婚約相手に持ち逃げされる。


 実家に帰るも自分の居場所は既にない。


 絶望的だった。


 そんな自分が藁にもすがる思いで、CMに流れる月旅行の文字を目にして、


 行こうと決断したのだ。


 下手をすれば、現実逃避だったのだろう。


 怖い人たちからお金を借りて、中古の宇宙船を買った。


 初めての宇宙、初めて見る地球。


 確かに地球は環境汚染が進み、世界人口が半分となった今も、青色で綺麗だった。


「なあ、お前は俺が帰りたくないって気持ちを汲んで、漂流を選択したのか?」


『オサケハ、ハタチニ、ナッテカラデス!!』


 会話の意思疎通もままならない。


 急に、船内が暗くなり始めた。エネルギー供給量が限界に近づいているということか。


 みれば、画面の残存酸素時間を示す数字が、1分と表示されている。


 酸素供給が止まれば、時間の問題だった。死が、ジワジワと近づいてきた。


 一つ心残りなのは、実家に置いてきたペットの存在。


 ちゃんと家族は育ててくれるのだろうか。


 どうだろう、人見知りだから自分じゃないと無理かもしれない……。


『マスター、ネバネバ、ギブアップデス!!』


 励ましにすらなっていないが、折れかけた心を奮い立たせた。


 危険を報せるアラーム音が船内に鳴り響く。


 誰もが絶望するそのとき、俺はペットの存在を強く意識した。


「何が何でも生き抜いてやる!!」













「おめでとうございます! 見事、難関を突破し合格いたしました」


 アナウンスの声に気付き、俺は大仰な大型機械に備え付けられたヘッドセットを外した。


「今回、VRでの体験いかがだったでしょうか?」


 マイクを向けられた俺は少し照れながら、


「もう、ダメなんじゃないかって何度も思いました。でもペットの存在が大きかったです」


「では最後に、奇跡を起こしてくれたペットを教えてください」


 俺は深呼吸してから満面の笑顔で答えた。


「オオグソクムシです」


 <了>

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Message 発条璃々 @naKo_Kanagi885

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