コールセンターのひみつ

腹筋崩壊参謀

【短編】コールセンターのひみつ

「ご期待に沿えずご迷惑おかけしています……」

『だからそれは分かったって言ってるんだよそっちは!!』


 とある大手食品会社のコールセンターに、電話口から漏れるほどの罵声が響き続けていた。応対する女性社員の言葉も虚しく、電話の向こうにいる男性の声はますます大きく、そして苛立ちを込めたものになっていた。今から数分前、この会社が展開する健康食品を試しても一向に効果が現れない、と言うクレームを伝えて以降、この男性はずっと暴言を吐き続けていたのである。


『ったく、お宅の社員はどうなってんだよ……お前だよお前!』

「お役に立てず、大変心苦しく思います」

『分かってんなら何で俺の意見に素直に対応しないんだよ!!』


 CMで宣伝していた通り飲んでいるのに全然元気にならない、効力が感じられない、これは詐欺だ、俺は騙されたんだ――いつまで経っても男の怒鳴り声は受話器から止まる事はなかった。だが、そもそも効果が発揮されないのは健康食品の質ではなく、この男の摂取方法に問題がある事を、受け答えする女性社員は認識していた。説明書も碌に読まず自分の思い通りに飲み続けていたという事を、彼自身がはっきりと述べていたのだ。それ故、彼女は男――いや、クレーマーが要求し続ける謝罪をなるべく避けながら、様々な言葉を駆使しながら彼の怒りが鎮まるのを待とうとしていた。だが、男の怒りという名のは、一向に収まる気配を見せなかったのである。



『いい加減しろよ、罪を認めろよ!こちとら暇じゃねえんだからさ!』

「それは存じております……それに関して、お言葉を返すようですが、当社としては数年にもわたる研究によって……」

『抽出に成功した健康成分だろ?ったく、お前さん本当に義務教育受けてんのか?同じ事ばっかおうむ返しに言いやがって……』


 次第にクレーマーの男の苦情の標的は、健康食品の効能から女性社員そのものへと移っていった。何を言っても卒なく返し、自分の言う事を全く聞かない彼女の応対に苛立ちを募らせた彼は、彼女の人格や人生を次々に批難し始めたのだ。そんなバカがよくこんな大企業に入ったもんだ、お前なんて所詮企業の犬っころだ――次々に彼は暴言を浴びせ続けたが、それでも女性社員は動じることなく、作用ですか、了解しました、など当たり障りのない言葉を返していった。

 やがて、電話の向こうから聞こえる男の声はかすれ始め、息切れのような音も聞こえるようになった。そんな彼に対し、女性社員は落ち着いた声でこう述べた。ご期待に添えることができず、申し訳ありません、と。



 一瞬電話の向こうの声が途切れた直後、男は厳しい口調で電話口の向こうにいる女性社員の本名を尋ねた。一体どうしたのか、と聞く彼女に対し、彼は自分の決意を語った。このまま話していても埒が明かない、直接『本社』へ乗り込んで、お前や会社の鼻をへし折ってやる――。


『覚悟しとけよ、お前の首をすっ飛ばしてやる』

「存じております」


 ――女性社員が最後に聞いたのは、男が乱暴に受話器を置く音だった。



~~~~~~~~~~


 それから数日後、食品会社の本社ビルの中に、怒りを滲ませた1人の中年の男――電話の向こうからクレームを述べ続けていたあの男の姿があった。自分の要求を一向に呑まないコールセンターの女性社員に我慢できなくなった彼は、勢いに任せて本当に本社を訪れてしまったのである。

 この女性社員に会わせろ、コールセンターで俺を侮辱した極悪人だ――やって来るや否や矢継ぎ早に用件を言われた受付係の女性は当然困惑してしまったが、彼の話をしばらく聞いたのち、何かを納得したような素振りを見せながら彼をビルの中へと案内した。



「10階にあるお部屋でしばらくお待ちいただけますか?」

「分かったよ……俺は優しいんだ、しばらくだったら待ってやる」

「感謝します」


 

 あの女性社員に似た口調でそっけなく返す受付係の態度に一瞬むっとしてしまった男だが、ここで怒鳴ってもどうにもならないとすぐに思い直し、苛立ちを何とか抑えながら彼女の案内に従い、空調の効いた部屋へと向かった。まるで会議や集会が行われそうなほどやたら大きな空間に驚きながらも、男は受付係が用意してくれた飲み物を口に入れながら、その時が訪れるのを待ち続けた。生意気な女にどのような仕打ちを与えようか、いっそ自分の思い通りになるようここで『お仕置き』でもしてやろうか――頭の中で様々な妄想を巡らせ、嫌らしい笑みを浮かべ始めた時だった。いったん閉じられた部屋の扉を、誰かがノックし始めたのだ。



「お待たせしました」

「おう、入れ」

「失礼します」


 忘れたくても忘れないその声を聞き、男は大きい態度で部屋への入室を許可した。そして、一礼をしながら扉の向こうから入ってきたのは、ピンクを基調としたタイトな正装に身を包み、整った体つきが服越しからでもはっきりと分かる、丁寧な物腰の美人OLであった。その姿に全身を真っ赤にさせてたじろいでしまった男だが、すぐに彼女こそがあの日自分のクレームを悉く退け、いいようにあしらった憎き存在である事を思い出した。そして、溜めに溜めた怒りを思いっきり吐き出そうとした、その時だった。



「「失礼します」」

「……!?」



 一瞬、男は目の前の光景を信じることができなかった。当然だろう、つい先ほど入室し、姿勢よく立ち続けるOLと全てが同じ女性――服装も髪型も、声も、そして胸の大きさまで寸分違わない新たなOLが、ごく自然に部屋の中へと入ってきたのだから。しかも1人だけに留まらず、2人、3人、4人、5人と、次々に同じ姿形の女性たちが列を成して部屋に押し寄せてきたのである。どうなってるんだよ、と声を震えながら男は状況の説明を求めたが、OLの列は容赦なく続いた。


「失礼します」失礼します」失礼します」失礼します」失礼します」失礼します」失礼します」失礼します」失礼します」…

「……へ、へぇぇぇっ!?!?」


 こんなの聞いていない、非現実すぎる、そもそもいったいこれは何なんだ――何十、何百と増え続けるOLによって埋め尽くされようとする部屋の中で、男の心から怒りや憎しみ、相手を蔑む思いは消え失せ、代わりに目の前にいる女性たちへの恐怖が覆い始めた。顔を青ざめながら慌てて脱出しようとした彼であったが、扉を開いたとたん、あっと言う間にその体は部屋の中へ通し戻されてしまった。列を成して現れるOLの大群の勢いは、最早男の力を遥かに凌ぐほどになっていたのだ。


「失礼します」失礼します」失礼します」失礼します」失礼します」失礼します」失礼します」失礼します」失礼します」失礼します」失礼します」失礼します」失礼します」失礼します」失礼します」失礼します」失礼します」失礼します」失礼します」失礼します」失礼します」失礼します」失礼します」失礼します」失礼します」失礼します」失礼します」失礼します」失礼します」失礼します」失礼します」失礼します」失礼します」失礼します」失礼します」失礼します」失礼します」失礼します」失礼します」失礼します」失礼します」…


「あ、あああああ……!!」



 そして、男を取り囲むように並んだ、何千何万、いやそれ以上の数かもしれない同一の美女の大群は、腰を抜かしてへたり込んだ男を見下ろしながら、一斉に声を揃えて尋ねた。



「「「「「「「「最初にお尋ねしますが……」」」」」」」」

「……ひ、ひぃぃっ……!!」



「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「

貴方がお探しなのは、どの『私』ですか?

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 とある大手食品会社のコールセンター。

 そこで顧客との応対を担当しているのは、無限に増殖を続ける1の美女である――。



「うわああああああああああああああああああ!!!!!!」



 ――その事実を目の当たりにしたクレーマーの男に残された手段は、ただ悲鳴をあげ続ける事だけだった……。



<おわり>

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コールセンターのひみつ 腹筋崩壊参謀 @CheeseCurriedRice

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