さよなら名探偵

ふるやまさ

さよなら名探偵


「いいえ、違います」


 静まり返ったリビングに、田原の声が響く。相変わらず、よく通る声だ。彼とは半年ぶりに再会したわけだが、やはり顔つきが少し頼もしくなったように見える。

 わたし含め、全員の視線が彼に注がれる。殺人犯もトリックも全てわたしが暴いたというのに、全員が不安そうな顔をしていた。元助手の田原はこれまで一度もわたしの推理の後でこんな声をあげたりはしなかった。


「もう見てられません。あんまりだ。問題は何も解決しない」


 田原は苦しそうに眉根を寄せ、声を震わせた。よせ、だとか、だめだ、とか、周りの人間たちまでざわつき始める。一体なんだというのだ。まだ事件は解決していないとでも?


「八尋さん、よく考えて。あなたは今日ここで殺人事件に巻き込まれた。二階の、鍵のかかった寝室で亡くなった岬さんを発見し、その後屋敷の外で響いた銃声に全員が気を取られている間に忽然と姿を消した遺体、その謎を解明せんと駆けずり回った」

「……その通りだが、今更何を言っているんだ田原くん」

「分かりませんか?!消えた遺体が元いた場所に血痕はなかった!誰かが横たわっていた痕跡も、何もかも!使われていない…使われてないんですよ、元々!からずっと、あの部屋は使われていなかった!」

「使われてないように見せかけた、だ。それは航さんが考えたトリックで説明がつくと…」


 だから違うんだと、田原は声を荒げた。もう周りの人間は何も言わない。嵐が過ぎるのを祈る子どものように、わたしたちのやり取りをじっと見つめている。


「……一度は希望を持ってしまったぼくが間違っていました。もしかすると、あなたがに戻ってくれるんじゃないかって。だから、こんな…あなたがおかしくなったあの事件と同じ場所で、起きてもない殺人事件を演出する馬鹿げた実験に参加した」

「一体何を……」

「あなたが空っぽの部屋を見て、人が死んでいると息をのんだとき、やはりあの出来事が幻覚を見せるほどあなたを苦しめていると分かった。でも、廃人だったあなたが生き生きとして推理を始める姿に、ぼくは心から喜んだ。そんな自分を殺してしまいたい…。ぼくは、いや、ぼくたちは、昔のあなたの幻影に取り憑かれている。結局あなたは、起きてもない殺人事件の真相を見抜けなかった」


 さっぱりだ。お手上げだ。一体、田原は何が言いたいのか。声を荒げる田原に、わたしは沈黙する他ない。


「もうこれ以上、あなたを見てられない。こんなこと、やるべきじゃなかった。ぼくの名探偵は半年前のあの日に死んだんだ。八尋さん、ごめんなさい、本当にごめんなさい…」


 田原はその場に膝をつき、蹲るようにして嗚咽を漏らしていた。周りの人々も、殺人犯も、みんなが泣いている。それはまるで、わたしだけが違う場所に置き去りにされているようだった。


 ふと、女性の悲鳴が聞こえる。遠くから、あるいは、近くから。

 どことなく、妹の声に似ていた。


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