1-10 陰りの森にて


「いや、まぁ分かってたことだけど本当に闇雲に進むんだな。」


「そうよ。目印もないしね。」


陰りの森に入ってかれこれ1時間ほど歩き続けているが一向に魔物とやらの気配はない。

村人達の言う通り昼間だと言うのに森は暗く、ジメジメした空気が漂っていた。


「こう暗いとやっぱり少し怖いですね〜。」


ミカゲが地面の苔を蹴りながら周りを見渡してそうこぼす。



「メリは目印つけて歩いてるんだっけ?」


サツキは振り向き、先程からキョロキョロと落ち着かない様子で歩いているメリに話しかけた。


「・・・ん?うん、ちゃんと今まで来た道辿れるように道筋の糸張って歩いてるよ。」


「見えないから良くわかんないけどその魔法便利だな。」


元の世界なら軽装備で森に入った大学生遭難。なんて記事がでそうな状況だが、こちらには便利な魔法が存在する。これなら闇雲に歩く作戦でも安心だ。


「サツキは本当に魔法のことあまり知らないのね。森に入ったり遺跡に入ったりする時は必ず使う魔法だし、確実に帰り道がわかるから習得しておくと便利よ。」


「リルは使えないのか?」


「えーと、えへへ。私はほら繊細な作業とか苦手で。逆にメリはそういうの得意だからまかせているわ。」


リルが首を傾げながら照れくさそうに笑う。魔法にも様々な種類があり得手不得手があるようだ。自分が使えるとしたらどのタイプだろうかと皐月は真剣に考えながら歩いていた。


「なんで!?」


突然皐月の前を歩いていたメリの足が止まる。皐月は危うくメリにぶつかるところだった。


「急に止まってどうしたんだよ。」


「どうしよ・・・どうしよ。こんなこと・・・」


「メリ?どうしたのよ。何かあったの?」


「わかんない!こんなこと出来ないはずだよ!道筋の糸が森の入口からどんどん切られてく!・・・何かが糸を切りながら近づいてきてるっ!」


途端に全員の顔が険しくなる。メリが手をごちゃごちゃと動かして慌ただしそうにする。皐月から見ると手遊びをしているようにしか見えないが魔法で必死に何か対策を練っているのだろう。


「姉ちゃん、2人とも、とりあえず辿られないように少し前のところから途切れさせておいたけど急いでここを離れよう。」


「・・・迎え撃つわ。」


「え?!」


「ミカゲは戦える?」


「はい!いけますよ〜」


「サツキは?」


「・・・恥ずかしながら。」


「大丈夫よ、サツキは隠れていて!ただしはぐれないように!ミカゲとメリは臨戦態勢をとりつつ攻撃は私が指示するまでしないように!」


リルが全員に指示を飛ばす。皐月は情けない気持ちになりつつも、居たところで足を引っ張るだけなので距離をとり木陰に隠れる。一応リル達の姿は見える場所だ。リル達が呼吸を殺し気配を探っているのが見えた。戦い慣れている様子だ。

皐月がその様子を木の影から見ていると、ミカゲとふいに目が合った。手でも振るべきだろうか。しかし、ふざけていい雰囲気ではないと判断し皐月は挙げかけた手を降ろす。


「〜〜!〜っ!」


ミカゲが何かこちらに向かって手を振りながら叫んでいる。一応手を振り返してみた。するとミカゲが青ざめた顔でこちらに走り出してきた。まだ何か叫んでいるようだ。ミカゲの声に反応したのかメリとリルもこっちを見た。そして同じように何かいっている。



所々聞こえるが内容までは聞き取れない。割と距離は近いはずなのにこうも聞こえないのはこの森の淀んだ空気のせいなのだろうか。2人はやたらこちらを指さしてくる。なにしてるんだあいつらと思いながら立っていると。


ーーパキパキッ


突然後ろで物音がした。全然気配がしなかったので驚いて振り返る。


「・・・は・・・ぁ?」


皐月の背後にはなんとも形容しがたい葉っぱ塗れのでかい何かが上からのぞき込むようにそこに居た。

頭では何が何だか理解出来ていないが身体が逃げろと警告している。

皐月の身体は気がつくと逃亡を始めていた。


「うわああああああ!」


人生で初めてあげるレベルの大声をだして全力で走る。後ろからはドスンドスンと追いかけてくる音が嫌でも空気を震わせ伝わってくる。それも皐月の走るスピードを上回る速度で。着実に距離を詰められているのが分かった。


「サツキ!!そのままこっちに向かって走って合図で左に思いっきし飛べ!!」


「え?!わ、分かった!」


メリが走る皐月の斜め前の方で構えているのがかろうじて横目で見えた。

皐月は合図が来るまでなんとか全力で走る。しかし得体の知れぬ追撃者は皐月のすぐ後ろまで迫り、皐月を潰さんと手を振りあげていた。


「サツキ!!飛べ!」


メリが皐月にそう叫んだ瞬間、皐月は残された体力をフルに使い思いっきり左に向かって飛んだ。


「サツキぃっ!バカああ!そっちは右だよっ!・・・くそ、いけるか?!」


皐月は追いかけられる恐怖心と焦りにより踏み込む足を間違えた。結果指示とは逆方向に皐月の体は飛び出した。飛んだ瞬間、間違いに気づいたがもう遅い。

皐月の姿を一瞬見失っていた追撃者は右に逸れた皐月を見つけ振り上げた腕らしきものを右斜め下に勢いよく振り下ろす。

それが皐月の体にヒットする直前。どこからともなく飛んできたロープが皐月の体にうまく巻きついた。そのまま勢いよく引っ張られ横方向に体が飛んでいく。顔の上スレスレを敵の腕が掠めたが文句は言えない。ロープを手繰り寄せた主はメリだ。


「はぁぁ、良かったあ。右に飛ばれたから、俺の位置からじゃどう引っ張っても攻撃が当たると思って。一か八か腕と地面の隙間をすり抜けられて良かったあ。」


「・・・はぁはぁ・・・死ぬかと思った・・・。メリ、ほんとありがとうな。」


「どういたしまして。サツキと出会ったばっかで最悪のお別れするとこだったぜ!それにしても丁度見つかるような所に隠れるなんて皐月ってほんと・・・ぷふ」


「わ、わらうな!特に気配も無かったしあそこは安全だと思ったんだ。」


「それなんだよ。確かに変だ。あいつ、魔物特有の気配とか匂いがしないんだよ。しかも道筋の糸を切ったのがあいつだとすると。何か変な技を使えるのかもしれない。と、こんな悠長にしてたら姉ちゃんに怒られるな。嫌だけど行ってくる。サツキ!とりあえず適当に逃げ回れ!」


メリは最後に適当なアドバイスを残すと皐月にむかってガッツポーズをしてリル達の元へと走っていった。


皐月はとりあえずまた安全そうな場所を探し身を潜める。


ーーーーー


「リルちゃん、気づきました〜?なんだか妙ですね〜。」


「ええ、あの木の塊みたいなでかいの。魔物じゃなさそうね。じゃあ何かと言われるとほんとにわからないけど。あれが村人達が言ってた魔物の正体かしら?」


追いかけていた皐月が突然視界から消えたため。追撃者は追撃対象を無くし先程からキョロキョロしている。

リルとミカゲは追撃者の視界に入らない所で様子を伺っていた。


「・・・話し合いできないかしら。」


「いや、どう見たって話通じなさそうじゃん。」


2人の元に戻ってきたメリがリルに意見する。


「一応話しかけてみちゃいます〜?」


「ミカゲさん、それギャグ?」


「万が一もあるかもしれないじゃない。隠れてても始まらないわ。まずは話しかけてみるわね。」


「ちょ、姉ちゃん待って!」


メリの抑止も聞かずリルは追撃者の前に飛び出した。追撃者は木や植物が寄り集まって塊になったような、なんともごちゃごちゃしたルックスだ。


「え〜と、木の・・・魔物?さん。少しお話できないかしら!」


リルが腰に手を当て明るく話しかける。相手が人なら好印象だ。人ならば。

呼称がややこしいので木の魔物と仮定すると。木の魔物はリルの姿を見つけるや否や、耳を塞ぎたくなるような甲高い咆哮をあげてリル目掛けて突進してきた。


「お話はできないみたいね。じゃあ、討伐に変更だわ!ミカゲ、メリ!」


「は〜い!」


「・・・はぁ。」


リルの合図を皮切りに木の魔物(仮)との戦闘が開始した。

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