1-9 それぞれの朝と出発

早朝ーー宿から少し離れた村の広場では剣が風を斬る、平和な村には不釣り合いな音が響いていた。

使用者の配慮により危ないので剣は柄に収まったままだ。

剣を振るたびに高く結ばれた薄紫色のツインテールが揺れる。剣の動きに反してこちらはふわふわした動きを繰り返していた。

それを広場の入り口から見ていた金髪の少年は欠伸をしながらゆっくりと素振りをしている少女に歩み寄る。


「ふぁ〜、姉ちゃんおはよ。朝から元気過ぎ・・・」


「あら、メリ。珍しく早いのね。日課だからつい旅先でもね?城にいた時と違ってこれからは本当に必要だし!」


「姫様らしからぬ日課だよねほんと。・・・少し話し合っておきたいことがあるんだけどいい?」


「なにかしら?」


リルはメリが話し出した後も続けていた素振りをピタリと止めてメリに向き直る。


「ぶっちゃけグダグダしてるけど・・・サツキ達に僕達の目的と立場を明かすのかどうか・・・というかバレてるのかどうかを話しておきたい。」


「うーん、そうね、咄嗟にリルとメリって名乗ってしまったし・・・これは城の中での愛称だから大丈夫かなとは思ったのだけど。どうかしら?」


「サツキのお姫様みたい〜がカマかけてたとしたら怖いな・・・」


「そうだったらサツキはいい役者になれるわね。あの様子だとサツキは私たちの国さえ知らないと思うわ。」


「サツキはなんか知らなさすぎ。逆に怖いよ。」


「あと私は・・・サツキに会ってからのメリのカッコつけようが怖いわよ?あんなに口調が変わるものかしら?ふふ」


「・・・うっ!うるさいなあ。そこはどうでもいいだろ!」


「とりあえずミカゲもいるし・・・サツキにも。もう少し私たちのことは内緒。」


「ん、わかったよ。それと姉ちゃん体は大丈夫?」


「ええ。昨日からなんだか調子がいいわ。気を付けてはいるから心配しないで。」


「りょーかい。ま、姉ちゃんなら大丈夫か。そろそろ宿戻らないとサツキ達が探してるかも。」


「そうね、お腹も空いたし。」


「出た、大食らい。」


姉弟は話しながら広場を出ると宿へ向かって歩を進めた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


ーその頃宿では。


「あれ?もうメリは食堂行ったのか。」


起きると隣のベッドで寝ていたメリの姿が見当たらなかった。もう起きて食堂へ向かったのだろうか。


「俺もはやく支度しないと・・・」


起きたなら起こしてくれれば良かったのになんて思いつつ、メリに借りた寝間着を丁寧に畳んでいるとポッケに何かが入っていることに気がついた。取り出してみると。


「なんだこりゃ。勇者は捕らえた?魔王軍?子供の遊びかなにか・・・か?」


紙をよく確認するともう1枚ある。


「こっちは何々・・・、リルエスタ・・・姫君?リルエスタってリル?」


あまりにも幼稚な文章で信じ難いがこれが2人の旅する理由なのだろうか。ここに書いてあることが本当ならば2人は王族で、捕まった勇者達を助けるために魔王城へ向かっていると。


「逆じゃね?」


よく見るRPGものの逆だ。助ける立場が全くの逆転。お姫様が勇者を助けるなんて聞いたことがない。


「・・・ていうかこういうのって最後の方にわかって俺が『今までの非礼をお詫び・・・』みたいになるやつ」


完全に物語の中に入ってしまった気分だ。なるほどこういう世界観か、と皐月は納得する。ますます夢見心地だ。2人が姫君と、多分王子様だとわかって少し今後の接し方について考えさせられる。しかし、この紙を見てしまったことは隠しておいた方がいいだろう。そもそもこの世界のルール全てに乗る必要はない。今まで通りの接し方をさせていただこう。

思い返せばリルは頭にティアラを載せていた。甲冑と同じ装備のひとつかと思っていたが姫君としてつけていたものだったのだろうか。


「いや、隠す気皆無か。」


昨日も確か俺の『お姫様みたい』って発言にやたら反応していたし。こんな大事な紙をポッケに入れておくし。隠すにしてもグダグダすぎだ。ここはこの紙を見てしまったことを話して今後の方針を一緒に練るべきだろうか。でも・・・あの二人たまに常識なしのとんでも思考をしそうだから。バレたと知った瞬間置いていかれたり、ま、抹殺されたらと考えると・・・やはり黙っていた方が良さそうに思える。


「・・・とりあえず。暫くはこの事は内緒・・・だな。」


皐月はそう呟くと紙を元通りにポッケに戻し、丁寧に寝間着を畳み、荷物の上に置いておいた。

2階の部屋を出て1階の食堂に降りると姉弟とミカゲが椅子に座って話していた。


「おはよう。」


「サツキ!おはよう!」


「おはようサツキ」


「サツキさん、おはようございます〜」


3人がそれぞれ挨拶を返してくれた。


「メリ、起きたなら起こしてくれれば良かったのに。」


「だってサツキ気持ちよさそうに寝てたからさ。起こすの可哀想でさ。」


メリが口を尖らせて言う。


「それはどうも。まあおかげで結構スッキリしたよ。」


「だろ?」


メリが得意気に笑う。年相応の元気な笑顔だ。一国の王子様には見えない。


「さてと、まずは朝ごはん食べて腹ごしらえして出発の準備急ぐわよ?」


「はーい!」


リルが事前に頼んでおいてくれた朝食をみんなで一斉に食べる。やはりリルの食べる量は桁が違う。なのにガツガツして見えずむしろ食べ方に優雅ささえ感じるのは流石といったところだろうか。

食べ終ったあと一旦それぞれの部屋に移動し荷物を持ち宿の前に集合した。


「じゃあ行きましょう!『陰りの森』に!」


「お〜!」


女性陣2人がノリノリで掛け声をあげる。


「あ、あの!」


歩きだそうとした時宿から宿主の女の人が出てきた。


「昨日食堂のお客さんからあなた達が陰りの森に行くって聞きました・・・それでこれ、道中の腹ごしらえに。」


宿主さんは大きな袋をリルに手渡した。中身はおにぎりや保存食だそうだ。


「ありがとう!とても嬉しいわ。魔物を追い払えたらこの村も元通りになるかしら。」


「願わくば。あの頃の村に、もう一度戻って欲しいとは思います。でも、無理して魔物を倒す必要はありませんよ!本当は貴方達があの森に入ることはみんな反対です。今まで大丈夫って森に入っていった方たちは・・・って出発前にすみません。安全を第一に考えて、どうかお気をつけて。無事に森を切り抜けて下さいね。」


宿主さんはそう言うとぺこりと一礼して宿の中へと戻っていった。


「村のみんなのためにもなんとかしたいわね。」


リルは貰った袋を見つめて決意し直したような目をしている。根っから勇者みたいな女の子だ。


「森に入っていった人達どうなったんだよお。」


メリが宿主の入っていった扉を少し恨めしそうに見つめる。


「大体想像はつくけどな。」


「ですね〜。まあ何とかなりますよ〜」


男二人はため息を禁じ得ない。しかし既に歩き始めたリルに渋々とした足取りでついて行く。ミカゲは相変わらずおっとりとした態度を崩さず、一行の一番後ろを少し弾み気味に歩いた。1人でずっと旅をしていたからみんなで歩くのが嬉しいのだそうだ。

昨日食堂にいたお客さんのおじさんが森の入り口まで馬車に乗せていってくれると言うのでお言葉に甘えて乗っていく。


体感にして15分ほどだろうか、馬車が止まった。おじさんが馬車の入り口を開いてくれて、全員が外に出た。


「お嬢ちゃん達。これが『陰りの森』だ。やっぱおっかねえなあ。まぁなにか算段でもあるんだろうが頑張れよ。」


それがノープランなんだよなあ。皐月の額に汗が浮かぶ。外から見ても森は異様な存在感を放っている。入口からもう数十メートル先が暗くてよく見えない。

馬車のおじさんは頑張れよーと手を振りながらすぐに帰って行ってしまった。長居したくなかったのだろう。


「うーわぁ。この時点でもうなんかヤバいじゃん。姉ちゃんやっぱ・・・」


「メリ?」


リルがメリをジトッとした目で見る。


「うぅ。わかったってば。」


一言でメリを諦めさせるとリルは森に向き直る。


「みんな準備はいいかしら?迷いやすいみたいだし離れないように気を付けて進みましょ!じゃ、出発ー!」


「「おー!」」


乗りかかった船だと皐月は観念してミカゲと一緒に片腕をグーして挙げて士気を高める。その後でメリのため息が聞こえた。


リルを先頭に一行は『陰りの森』へと足を踏み入れた。

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