幸運なパン乙女

🌻さくらんぼ

幸運なパン乙女

「いっけなーい、遅刻、遅刻ぅ♪」

 私、江川侑良えかわゆらは食パンを咥えて家を飛び出した。


 なんでこんなことをしているのかって?

 もちろん、イケメンと“ぶつかるため”に決まっているでしょう!



 きっかけは親友、菜緒なおの一言。

「自分から行動しないと恋はできないよ」

 好きな人がいたことのない私にとって、恋する乙女のアドバイスは、神の言葉のようだった。


 その日から私は、こうして毎日パンを咥えて登校している。


「ええっ! なんでそういう解釈するの?!」

 私の行動に目を丸くする菜緒。


 そういう解釈も何も……。

 パンを咥えた乙女が角を曲がったとき、イケメンと衝突する――まさに行動力から始まる恋。これしかないでしょ!


 苦笑しつつも、菜緒は私を応援してくれた。だから成功させて、一緒に恋バナするんだ!


 しかし私は未だ、誰ともぶつかっていない。私は、運がいい方なのだ。クジで外れのティッシュを貰うことの方がレアな上、運命走では必ずと言っても良いほど一位を取れる。

 誰かとぶつかるというのは、一般的に見れば不幸。だから、幸運な私の身には、起きづらいみたい。少しでも確率が上がるよう、遠回りして登校しているというのに、だ。


 けれどそんな日々も、終わりを告げようとしている。なぜなら今日は卒業式だから。

 学生生活自体はまだ続くが、徒歩通学できるのはこれが最後なのである。




 ふと腕時計を覗くと、チャイムが鳴るまで残り5分。流石に家を出るのが遅過ぎたか。イケメンとぶつかりたいけれど、最後の最後に遅刻は良くない。

 私は遠回りを諦めた。普通に向かえば、ギリギリ間に合うはず。


 この道の曲がり角は、今、目の前に迫っている所のみ。ここで逃せば、もうおしまいだ。

 私は、遂に角を曲がる。



 一歩一歩がやけに遅く感じた。

 緊張のあまり、私はギュッと目を瞑る――



 ドンッという衝撃で、私は倒れた。口から食パンが吹き飛ぶ。

 目を開けると、一面に広がるアスファルトの地面に、チカチカと光る星が見えた気がした。


 えっと……。そうだ、イケメンは⁈


「おはよう……?」

 遠慮がちな声にドクンと心臓が跳ねる。顔を上げると……。

「って、菜緒⁈」

 結局イケメンとは出会えなかったけれど、いい思い出になったのだった。












 ――そのまま二人で学校へ向かおうとした、その時。



「君、クロワッサンは好き?」

 爽やかな声に、思わず振り向く私たち。


 そこには、スラッと背の高い、優しく微笑む青年が。


 まさに、“イケメン”!

 手には袋に入ったクロワッサンを持っている。


「君のパン、もう食べれないよね。よかったらどうぞ」

「ええっ、いや、そ、そ、そんなの、わ、悪いです……!!」

「僕、少食だから気にしないで。それじゃ」


 半ば強引にクロワッサンを渡すと、青年は手を振り去っていってしまった。

 その後ろ姿にボーっとする私。妙に顔が熱い。


「本当に遅刻しちゃうよ! 急ごう!」

「う、うん!!」


 菜緒に手を引かれ、やっと現実に戻る。もうすでに、チャイムは鳴り始めていた。

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幸運なパン乙女 🌻さくらんぼ @kotokoto0815

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