第3話 斉藤さんの場合
「あっ……」
「やーあこんちわー誠一。♪ふーんふーんふんふんふんふ……」
「……その封筒、何?」
「あ、気になる? 気になっちゃう~? へへ、この前書いて投稿したやつ、出版社から返信が来たんだよ! 見ろよこの分厚さ! きっと絶賛の嵐だぜ? 今から開けて読んでみるんだよ。へへへ、驚けよ~。ハサミ借りるね~」
「…………」
「……よし、っと。なんて書いてあっかな~…………えっ……?」
「……何て書いてあるって?」
「…………『一次審査落選のお知らせ』……伝わるものも無く、ただ先人の言葉を模倣して書き連ねただけ…………何より当コンクールの文学賞に最低限必要な、基本的日本語能力の欠如が目立ちます……小説を書く上での初歩的な書き方(三点リーダとダッシュは偶数個書く、『!、?』の後にはひとマス空けるなど)の他、誤字脱字も目立ちます。他人の本をよく読み、基本的な日本語の書き方について学習し、丁寧な作品作りをお薦めいたします……って……」
「……他には?」
「……後は俺が投稿した原稿がまんま返ってきてるだけだ……間違ってるとこ、か? には、赤ペンで目印が付いてる……どうりで分厚いわけだ……」
「……隆文……」
「……はは、落ちちった。やっぱお堅い文学賞とかじゃあ俺の作品の良さ、伝わんねえかなあ~……次はライトノベルとか……いやいっそ詩を試してみ――」
「隆文!!」
「うっ…………」
「……もっと現実を見なよ。基本がなってないって書いてあるんだ。本気で作家を目指すなら真面目に勉強するべきだろ? それに……」
「……そ、それに……?」
「前から言いたかったけど、作家はそんな生易しい世界じゃあないだろ。ここでやるような……いや、何処だって創作は金儲けの道具なんかじゃあないんだ。『作家になって一躍注目されて、金持ちになる』だなんて甘すぎる考えだって、本当はわかってんだろ?」
「そ、そりゃ…………」
「完全に趣味の範囲内で作品を創るなら何を創ろうが自由さ。でも、プロの作家として書き続けて、評価され続けて、お金まで貰うってのとは訳が違う。プロの人たちがどれほどの努力や苦労をしているか、聞いたことぐらいあるだろ? 時には丸一日作業で缶詰め。時には丸何日も寝れない。飯を食いっぱぐれることだってある」
「う…………」
「それももちろんたっくさんのことを勉強して体験した上での話さ。書き続けるスタミナを付けるために身体を鍛えてる人だっている。『何が何でも作家になりたい』って思って魂をすり減らす思いをして……書いても書いても売れないで……家族や人生を犠牲にしてしまう人だっている。作品は著したものの、当の本人は死んでからやっと世に認められる人だっているんだ」
「………………」
「……なあ、隆文。ホントに大事なのはそうじゃあないだろ? この創作サークルでの活動する意義。理解出来ないほど馬鹿じゃあないだろ?」
「…………そうだな」
「美濃さんや安本さんを見てみなよ。ああいう人たちが求めているのはお金や名声じゃあない。ホントに大事なのは――」
「わかってっけど!」
「……」
「……本当はわかってるつもりなんだ。気の向くまま、自由な気持ちで楽しんで何かを創ることに意味がある……らしいってことは……でも、恐いんだよ。今までカッコつけて、遊びながらやって来て、『本当に自分が持ってるものは何なのか』ってことを自分に問いかけて向き合うのは……着飾った自分を剥いてみれば、自分の中心には何も無いんじゃあないかって。もう、時期的にも就職考えなきゃならないしさ。でも、こんな飾ってばかりの俺でも、誰かをアッと言わせるようなモノがあるんじゃあないかって……大学の方でも成績はぱっとしないしさ……そういう気持ちに甘えてた。確かに逃げてたな」
「隆文……」
「……邪念を邪念と、飾ってばかりの人間が自分だと見えて、認めておるなら、まだマシな方じゃよ」
「あ、先生! ……言ってやってください……」
「……先生」
「まあ、派手なことをやって一発当てようなんてことを誰しも一度は考えるもんじゃよ。もちろん、そうして泣きを見た連中をワシはぎょうさん見てきたわい…………夢を諦めろとか、挑戦するのをやめろとか言うつもりは無いよ。じゃが、いずれにせよ自分が生きる上で取った行動に責任を持つこと。そしてなるべく後悔の無い生き方をすること……それだけは気をつけて欲しいとは思うのお」
「でも、先生! 俺、こんな風に自分が空っぽだって知っててサークルに入っているのに、何も変われてないです……自分に何の価値も無いって認めるの、恐いんです…………」
「すぐに変われると思って斉藤、君をサークルに招いたわけじゃあないよ。ただ知っておいて欲しかった。本当に一心に創るとはどういうことかを。一心に創っている人間がどういうもんかと言う事を、この場で見て、聴いて、知って欲しかった。その様子じゃと、まあまあ気持ちで理解出来たようじゃな……それだけで大した進歩じゃて」
「でも……」
「それに、例え空っぽだろうがぎっしり詰まっていようが、己が見えているということは大事なことじゃ。そう気付かせてくれる、立花みたいな奴が身内におるというのも幸せなことじゃよ」
「いや、僕は別に何も……」
「それに、空っぽの方が案外楽しいかもしれんぞ?」
「え?」
「空っぽの方がまだまだ色んなモノがすっぽり入るじゃろう? ほれ、なんかの歌でも言うじゃろうが。『空っぽの方が夢を詰め込める』と。ワシゃああいうの大好きじゃ。空っぽなのも立派な個性じゃよ。これからいくらでも多くのモノを詰め込める。二十歳やそこらなら、なに、まだまだまだまだ沢山のモノが自分の中に取り込めるよ。焦る必要は無い」
「…………」
「先生……うん。なあ隆文。今は就職のことだけ考えて、後からいくらでも作品作りをしてもいいんじゃあないかな。作家になること自体はもちろん大変なことだけど、大学生の今しかなれないなんてことは無いはずだ。仕事に慣れてからでも、歳を取って色んな経験を積んでからでも間に合うかもしれない。この創作サークルも、何とかして長く存続していくつもりだからさ。今はここでの時間は『楽しく気ままに創れるモノは何か』を探す……それだけに充ててみてもいいんじゃあないかな?」
「…………探す…………」
「時間をかけても見つけようじゃあないか。本当に自分が心から熱中出来ること。その楽しさを知ってからだよ、きっと。その道のプロになるのに必要なことのひとつってさ。ずっと続けようぜ! ここで創作活動!」
「…………」
「まあ、ワシもどれだけ先が長いか解らんけどな。きっと引き継いでくれる人もいるじゃろうし、気長に、自由に創るとええよ。出来る限り手伝いはさせてもらうからの」
「…………そう、ですね……うん……この邪念がいつ消えるか解らないけど……今は大学でやれること、精一杯やります。ありがとうございます……誠一、お前もありがとう…………」
「いいっていいって! 隆文が一生懸命やれることが見つかるなら……」
「さて……送った小説もさっぱりじゃったわけじゃし、今は何か考えるのもしんどいじゃろう。ひとまず奥でワシのお茶にでも付き合ってくれんかいの」
「……はい!」
(隆文……以前よりは少しマシな顔つきになったかな……年下の僕が心配するのもなんだけど、精一杯打ち込めて、精一杯生きることに必要なこと、一緒に見つけられたらいいな……なーんて……はは)
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