あわてんぼうの

文目みち

「ごめん、ここで5分だけ待ってて」


 アキラはそう言って扉の向こう側へと消えた。


 真冬の深夜零時を回ったところ。正直、どうしてこんなにも寒いところで彼女を待たせるのか文句を言いたいところだったけど、今日だけは許せた。


 なぜなら今日がシズクの誕生日だったから。


 この5分間の間に、アキラはシズクにとっておきのサプライズを用意してくれていた。あの笑顔を見れば誰だって察しがつく。付き合って初めての誕生日。出会ってからは数年が経っているから、これまでの互いの誕生日を祝ったことは何度かある。プレゼントも交換した。しかし、その時はミノルやキョウコも一緒にいた。


 これから目の前にする驚きや感動を考えれば、今の肌寒さは帳消しにだってできる。むしろそうでなくては困る。あまり期待しすぎてハードルを上げては、アキラに申し訳ないのだが、アキラ自身がこの状況をつくったのだから文句は言えないだろう。


 今この時、シズクは5を過ごしているに違いない。


 シズクは居ても立ってもいられず、扉に耳を押し当て中の様子をうかがった。ドタバタとせわしない足音が聞こえてくる。アキラの声も聞こえるが内容までは聞き取れなかった。

 あわてんぼうのサンタクロースという歌がアキラにはお似合いだ。準備はしているのにもかかわらず、いざという時にはどうしても慌ててしまい、本来の魅力を発揮できないところがアキラにはあった。だからこそシズクが側で寄り添い「落ち着いて」と声を変えて上げる。それができる関係性になれたからこそ、今のアキラは星空よりも輝いているのだ。


「リンリンリン、ドンドンドン、チャチャチャ、シャラランラン♪」


 そんな鼻歌を歌っていると、ようやく扉が開いた。しかし扉の向こうから顔を出したのは、アキラではなく見覚えのない女だった。


「え……誰?」


 シズクはゆっくりと後退り、首を横に振った。その女はなぜか笑顔を浮かべている。


「アキラは?」


 よく見ると、女の身体は赤く染まっていた。それが何なのか、冷え切ったシズクの頭では、しっかりと捉えて深く考えることができなかった。


 恐怖。それとも、後悔。訳もわからずシズクはその場から逃げ出した。

 背中から呼び止める声が聞こえていたが、シズクの足は止まらなかった。走って、走って走り疲れた時、足の感覚はなくなっていた。


 耳元で「ドンシャララン」と聞こえてきた。


 これが、シズクが過ごしたクリスマス、最後の5分間の思い出。

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あわてんぼうの 文目みち @jumonji

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