Outside

英王

Outside

 病院の簡素なベッドの上で、最早、息をしていない老爺を大勢の人が取り囲んでいる。その数は30人はくだらない。親戚縁者だけではなく、老爺の多くの友人もいて、その人望を物語っている。

 老爺は自らの愛する人々に囲まれ、幸せな大往生を遂げた…………………………はずだった――


突然に目の前が明るくなった。老人は、いや、そこにいたのは長い黒髪の若い女性だった。真っ白い部屋の棺のような箱の中に女性は横に臥せっていた。

 しばらくすると自動ドアが開く音が聞こえて、スーツを着こなした男性が部屋に入ってきた。

「どうでしたか、――様、我々の開発したゲーム、いや”世界”は?現実の一切の記憶を封印し、赤ちゃんからゲームの世界で再び成長する。全くの新体験!」

饒舌で機嫌よさげな男性の言葉を遮ったのは女性の悲痛な叫びだった。

「違う、違う、違うッ!わ、わたしは、わしは――なんかじゃない。わしは〇〇だ」

女性は頭を抱え、棺のような箱の中で体を左右に激しく振り回す。

「違う、違う、違う………」

うわ言のように「違う」と繰り返し続ける。

「〇〇は貴女のゲームでの名前ですよ。貴女は――様です。ちゃんと記憶が戻っていますよね?」

男は女性をなだめようと言ったが、これが逆に火をつけるきっかけとなった。女性は憤怒の表情を浮かべ、男に殴りかかる。

「その名で呼ぶなッ!わしは〇〇だッ!!」

不意を突かれた男は倒れこみ、女は男に馬乗りになると、男の顔面を殴り続けた。「わしは〇〇だ」と繰り返しながら――


他の人が駆け付けてきたときには、男の顔はパンパンに腫れあがり、全治三か月という診断が下された。女の方はサナトリウムに送られ、静養することが決定した。未だに「わしは〇〇だ」と繰り返しているとか、いないとか――

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