第3話 きいろ先輩、彼女できたってよ

 本物山小説賞が大変盛り上がったお陰か、次の開催は案外早く決まってしまった。

 勿論授賞式であんなことを言った手前、私に出ないという選択肢は無い。

 何より読むだけではなく、書く楽しみに目覚めてしまった今の私は、燃える創作意欲を止められないのだ!

 だがそんなノリノリ状態の私が電話をかけると、きいろ先輩は真っ先に謝罪を始めた。


「――ごめんのらちゃん! ちょっと今の時期は彼女と温泉旅行なんだ! 電子書籍分の印税で!!!!」


 ――彼女さん、居たんですね。

 いや、まあ、それ自体は良いんですが……!

 きいろ先輩って「印税は親孝行に使います^^」とか言ってましたよね? あと他の作家仲間とモテナイ男子同盟みたいなの組んでましたよね? ねえ?

 裏切りですか? 裏切りですよ! よくも、私を、私達どくしゃを裏切りましたね!?

 なんですか! 彼女と温泉旅行ってお前! お前~~~~!

 

「あ、あのっ! 本物山小説賞第九回の開催までもう時間がありません!」

「来週じゃ駄目なの!?」

「大学の中間試験があるんですよぉ~~~~~~!」

「あー! 大学六年生だからそういうの完全に忘れてた! 本当にごめん! 埋め合わせはするからさ!」

「き゛い゛ろ゛先゛輩゛~~~~~~~~~~!」

「ごめんねえ~~~~! お土産買ってくるから~~~~!」


 無情にも通話は終わる。

 そういえば電話の向こう側で女性の声が聞こえたような気がした。

 なんて人だ。人の心がない。本物山先生から雑な扱いを受けるのも頷ける。なんて薄情な男なんだ。


「……いや、待って」


 冷静に考えてみよう。

 別にそこまで焦る必要は無いんじゃない?

 だって私、今までだってホラー以外のジャンルで少しずつ書いて地力はつけてるし、元々読書してた分でインプットはかなりできているし。

 前にきいろ先輩から教えてもらったとおりに書いてみれば、案外それだけで良いものが書けるかもしれない。私、ホラージャンルはどうやら得意みたいだし。

 深呼吸、日付確認。

 試験は来週。今週中に仕上げてしまえば良い。

 しかも今度のレギュレーションはたった5000文字。

 10000の半分だ。

 結構勝算があるんじゃなかろうか。


「そう、そうだよね。よし、これは試験みたいなものだよ。前に教えられたやり方を、どこまで覚えられたのか、その試験。きっと、やればできるはず!」


 私は自分を慰め、鼓舞し、そしてきいろ先輩に前に教えられた通りの方法でホラー小説を書いてみることにした。


     *


 大学の図書館にたどり着いた私は、途中のコンビニで買ってきたペットボトルのお茶をちょっと飲んでから、パソコンを立ち上げる。


「……よし、とりあえずモチーフから選ぼうか」


 私はさっそくアマゾソプライム(スチューデント)を開いて、適当なホラー映画の物色を始める。


『小説から題材を持ってくるとパクリ扱いされやすい。短めのホラー映画、オムニバス系から持ってくるのがおすすめだ。特に、原作小説が有るタイプの映画は良いよ。原作→映画→小説って形が変わっていくから、原作と小説は別物に仕上がる』


 言われた通り、ある有名な作家さんの作品を映像化したものを探し当てる。

 だがここではたと気づく。


『面白い作品のアレンジは難しい。だって完成してるんだもの。むしろつまんねーなーってポップコーン投げたくなるような詰まらない映画やチープな映画からモチーフを見つけた方が、バレないし書きやすい。良いことづくめさ』


 そうだ……そうでしたね先輩。

 先輩の教えは今もこの旨に息づいています。

 私はその短編集の中から、一番つまらなさそうな作品を探すことにした。


「……あー、これいいかも」


 それは、ある老人が小説の自動筆記機械を手に入れることから始まる物語だ。

 老人が沢山の小説を書かせていく中で、自我のようなものを得た筆記機械は、インターネットを通じて様々な文章をうちこみ、社会を混乱に陥れていく。老人は恐ろしい事が起きつつあるにもかかわらず、小説書きたさに機械を捨てられないのだ。

 私は、その映画の話を、規模があまりにも広がりすぎているせいか、陳腐に感じた。話の規模をもっと見ている人間にとって身近なサイズにできないだろうか。


『次はイベントを羅列していこう。プロットみたいなものだね。イベントによって主人公の感情の動きがどうなるかを確認して。俺は別にメモしないけど、わかりやすさを考えるならそれも書いたほうが良い。短編であっても完成度が違う』


 話の規模が変われば恐怖の中核も変わる。老人にとって大切な家族に危機が迫るようにできないかな?

 どうしたらそれを感じ取れるの?

 そうだ、幼い孫と機械が勝手に会話のようなものをしていたら不安にならないかな?

 それで隠したはずの機械がいつの間にか出てきたら?

 うん、そういうのが良い。

 そうしよう。


『ここまで出来たらとにかく手を動かそう。主人公以外のキャラはまあ舞台装置くらいの気分でいいよ。そこまで細かく考えたら手が動かないだろう? あとから整合性をとればいいのさ。短編なら完成してから全部投稿ってできるしね』


 よーし、やってやろうじゃないですか! ええ!

 ラノベ読み書き系美少女猫耳Vtuber“山本のら”の完全オリジナルホラー作品、執筆開始です!


「進捗するぞー!」


     *


 進捗駄目でした。


「こんな……筈じゃあ」


 私はガックリと項垂れる。

 現在時刻は午後七時五十五分。

 大学の図書館は閉館が間近に迫っている。

 なのに話は全く進んでいない。

 というよりも――5000字じゃ足りないかもしれない。


「短くまとめるのって……難しいんだ」


 既に2000字は書いているのに、物語は始まったばかりだ。

 こんなことじゃ5000字以内にラストのオチまで書ける気がしない。

 ……って、2000字?

 そんなに書いてたっけ私。進捗、まるで駄目でアマゾソプライムの映画ばっかり見ていた気がするのに。

 

「閉館時間ですよ」

「あっ、ごめんなさい」


 そんな声に追いかけられて、ひとまずパソコンを持って私は図書館を出る。

 大学から家までは少し距離がある。一人で書くなと言われているし、今日は帰って動画作成の方をやるかなあ。


「きゃっ!?」


 突然、曲がり角から少年が飛び出してきた。


「お姉さん、ごめん!」


 そう言って少年はそのまま駆けていく。

 まだ小学生くらいだった。

 こんな時間に?

 ふと顔を上げれば、交通事故多発・死亡事故発生地点という看板。

 振り返る。


「……あ、あぶないから気をつけてねー」


 怯えながらも小さな声で少年の去った方へ呼びかけた。

 返事はない。実に静かだ。

 当たり前だ。もう何処かに行ってしまったのだろう。

 ――あれ?

 待って待って、おかしい。

 なんで足音がしないの?

 あんな勢いで走っていた筈なのに、もう足音が聞こえない。

 


「……いや、気のせいだよね」


 ――でも、もしかして?

 そんなことを考えてしまっているのは、私が怖い話を摂取しすぎてしまったからなのだろうか。

 ああ、いけない。好奇心は猫をも殺す。可愛い猫耳Vtuberののらちゃんは、そういう危ないことには関わらないのです。きいろ先輩も怖い話を書いていると何でも怖く見えてくるって言ってたしね。一人で怖い話を書いたらもっと酷いことになっちゃうなあ、気をつけよう。

 少年が走っていった先を確認することなく、私はまたテクテク歩きだしましたとさ。

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