第2話 うそ! 私が本物山小説賞の特別賞!?

 一ヶ月後。本物山小説コンテストは盛況の内に無事終了。

 今回も面白い小説、変わった小説、小説の定義を考えさせられる小説、様々な作品が集まり、私も小説好きとして純粋に楽しむことができた。

 ついにクライマックス、授賞式である。

 私と本物山さんともう一人の美少女審査員の方とで、VR空間に集合し、愉快なトークを交えながら講評もお話しちゃうのだ。

 少しアンニュイな表情を浮かべている本物山さんは、赤黒のゴスロリ衣装である。私も自分の造形モデルには自信があったのだが、ちょっと嫉妬してしまうくらい可愛い。美少女だ。

 そして落ち着いた佇まいの秋川先生は、本物山先生のお友達ということで、こちらはアニメや漫画やゲームや小説の挿絵なんかで出てくる美人な図書館の司書さんという概念を煮詰めたかのような綺麗なお姉さんである。

 私も猫耳系ラノベ読みVtuber山本のらちゃんとして精進せねば……!


「どうかしましたか、のらさん?」

「……はっ! すいませんぼーっとしてました! 秋川先生のVRのモデリングが良いなあと思って!」

「友達に作ってもらったんですよね」

「今度そのお友達とお話したいです! やっぱり本職のVtuberとして気になりますので!」

「実は私もVtuberやってるんだけどなー」

「いや、知ってますって! いじけないでください本物山先生!」

「はいはい二人共そこまでですよ。本筋に戻りましょうか」

「秋川せんせだって脱線したじゃないのさー」

「ほら、全員脱線すると良くないでしょう?」

「それもそうね。じゃあ大賞の作品についてはひとしきり話したし、私の独断と偏見によって決まる本物山特別賞を発表するよー」

「はい! お願いします!」

「楽しみですね」


 効果音のドラムロールが鳴り響く。

 ドムドムドムドムとバーチャルゴリラがかき鳴らすドラムの音色が止まったその瞬間、本物山さんは私に向けてニコリと笑った。


「はい、第八回本物山小説賞、がんばったで賞は本山のらさんの作品『君だけを守りたい』に決定しました。拍手っ!」


 秋川さんの拍手がVR空間にパチパチと鳴り響く。

 画面の向こうからもおめでとうのコメントが次々届いてくる。

 信じられない。

 初めてなのに、がんばったで賞……特別賞を貰えるなんて!


「初めてなのによくここまで仕上げてきましたね。実は元々書いてらっしゃったんですか?」

「い、いえっ! わっ、私初めてで!」

「こういう方向性の話を投げつけてくるというのはちょっと予想外だったかなあ。普段は評議会の人間が賞とるとか良くないよなーって思ってたんだけど、今回はいろいろ特別だし、のらちゃんにも特別賞あげようって秋川さんとお話してたんだよねー」

「ねー」


 二人は顔を見合わせ、小首をかしげて微笑み合う。

 うわ眩しい。美女と美少女が並ぶと圧がすごい。

 かおがいい……。


「最後のどんでん返し? あれ良かったよ。あの手の飛び道具を最初から使ってくるのは本当にがんばったなって思う」

「お話もコンパクトにまとまってましたしね。なんならあれ5000字くらいにできる話を丁寧に書いて10000字にしたんだなって感じでした。個人的には主人公の幼馴染の気持ち悪さが非常にゾクゾク来たので、今後も似た路線のものを期待してます」

「ありがとうございます! ありがとうございます! まさかプロのお二人に褒めていただけるなんて思ってもみませんでした! 次からも参加者として――あっ」


 そこまで言って気がついた。

 書ける……のかな?

 今回は五時間の突貫作業でなんとかしてもらったけど、次にこんなの書ける気がしない。

 

「どしたの?」

「どうかなさいましたか?」

「え、あ、いえ……ちょっとテンション上がりすぎて、語彙が……語彙ちからが……」

「あはは、可愛いねえ」

「え、えへへへへ……」


 つまらないものだけは書けない。絶対につまらないものだけは書けない。

 また、夕野きいろ先生に話を聞きに行かなくちゃ……。

 私は周囲にそんな胸の内が知られないように、なんとか笑顔を作っていた。


     *


 そんな思いを胸に秘めたまま、きいろ先輩に会いに行った私に、先輩は信じられない言葉を投げつけた。


「つまらないもの書いてみても良いと思うよ?」

「えっ!? 良いんですかプロなのに!?」

「プロっつってもまだ一冊出しただけだし、木っ端ですよ木っ端」

「いやそういうことじゃなくて!」


 きいろ先輩はわざとらしく溜息をついた後、グラスの中の水出しコーヒーコールドブリューを一息に飲み干す。


「毎度面白いもの書くとか無理だよ。プロだって作品の裏にいくつもボツが有るし、愚にもつかないアイディアを出して編集さんにダメ出しされたりするんだから」

「まあ、それは……そういうものなんでしょうけど」


 私はカフェオレをチロチロと舐めるように飲んでから上目遣いにお願いしてみる。


「でも、すごく楽しかったんですよ。自分の書いたものが皆に喜ばれるの……だからまた、喜ばれるものを作りたいなあって……」


 私にこうされて喜ばなかった男子は居ない。


「うっ……だーよねー!」


 その自信とともに繰り出した必殺の上目遣いは、果たして過たずきいろ先輩のハートを捉えた。

 どんなもんよ! いい笑顔見せてくれるなあ、きいろ先輩ったら!


「良ければまた手伝ってくれませんか? 私だけじゃどうしても上手く調整が出来ない部分があるので!」

「勿論だぜー! でも一つだけ良いかい?」

「なんです?」

「次はなんのジャンルを書こうとしているんだい?」

「やっぱりホラーかなあ……と」

「そうかそうか、だったら、ホラーは一人で書いちゃ駄目だ。できれば俺と、せめて誰か人のいるところで書くんだよ」

「家とかじゃ駄目なんですか?」

「駄目駄目、家族とか彼氏とか居るなら良いけど」

「あ、それセクハラになるかもですよ先ぱ~い?」


 私はニヤニヤ笑ってアクセサリーの猫耳を揺らす。


「おっといけない。聞かなかったことにしておいてくれ。いやはや、弱みを握られてしまったな」

「ともかく、一人の時はホラーは駄目なんですね。分かりました」

「ああ、一人で書く時はホラー以外のジャンルにするといい。ジャンルが変われば、作品のクオリティーが変わってもそこまで目立たないからね。皆、得手不得手の範囲だろうって思うよ、きっと。それでその間にちゃんと腕を上げれば、次の本物山小説賞にも間に合う筈だ」

「ありがとうございます。じゃあ次の本物山小説賞が始まったら、また手伝ってくださいね?」

「ああ、勿論。約束するよ。可愛い後輩の頼みだからねえ」

 

 きいろ先輩はそう言って朗らかに笑う。

 まったく、なんだかんだ人が良いんだから。

 だが一ヶ月後、私は人が良かったのは私の方だったことを知る。 

 そう、先輩は私を裏切ったのだ。

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