こわいはなしの作り方

海野しぃる

第1話 美少女Vtuber山本のらちゃん、執筆に挑戦す

「ずばり、ホラーを書く時のコツってなんでしょうか?」


 私は目の前の眼鏡のお兄さんにそう問うてから、ふと考える。

 ――少し可愛い声を作りすぎてしまっただろうか。

 どうにも、小説に関わる話の時はVtuber“山本のら”としての自分の意識が強くなってしまう。

 なにせ目の前に居るお兄さんはただの眼鏡お兄さんではない。

 同じ大学に通う先輩にして、プロのホラー作家である“夕野きいろ”なのだ。

 デビューしたての作家さんを目の前にすれば、一ラノベ好きとして、興奮してしまう。


「んー、そうだな……コツ……」


 きいろ先輩は柔和な笑みを浮かべたまま、言葉に詰まる。そして長い髪の毛先を指で弄ぶ。

 それからしばらくして、ああそうだと呟いた。

 きいろ先輩の顔からスッと微笑みが消える。


「ああ、そうだ。一人で居る時に書かないことかな」


 フレームのない眼鏡の向こうの瞳は冷たい光を帯びている。真剣な目だ。

 プロのホラー作家が、こんなに真剣な顔をして言うことなんだから、きっとそれは本当のことなのだろう。


「それは何故ですか? つまんなくなっちゃうとかでしょうか?」

「いいや、面白いものはどこで書いても面白いよ。でもそうじゃないんだ。そういう話じゃない。怖い話っていうのはね、のらちゃん。それそのものが世界を歪めてしまうんだよ」

「歪める?」

「H.P.ラヴクラフトという高名なホラー作家が、人間にとって最も原始的で根源的な感情は恐怖だと述べている。それは実際にそのとおりで、恐怖という感情は人間の脳に強い影響を与えてしまう。常に恐怖を生み出す物語と向き合う為に感性を磨けば、自然と人間の脳は己の感じ取る世界から無数の恐怖の可能性を見出してしまうんだ」

「つまり、一人で怖い話を書いていると……見える世界が歪んでしまって日常生活に支障をきたすということでしょうか」


 きいろ先輩が深く頷く。


「そういうことだね。のらちゃん、君がこれから小説を書く理由はなんだい?」

「本物山小説賞で審査員になったから……書かなくちゃいけないんです」


 そう、本物山小説賞。

 特にデビューとかそういうものは無いのだが、ある有名なラノベ作家さんが趣味で始めた小説コンテストであり、何人ものプロ作家を排出していることで有名だ。

 そして私はラノベ読みVtuberとして、なんと主催者の本物山さんから直々にゲスト審査員に呼ばれてしまったのだ! やった!


「そうだね。かの有名な本物山小説賞の審査員は伝統的に自らも小説を書いて審査を受けなくてはいけない。君は有名なラノベ読み美少女Vtuberとして今回の審査に参加するわけだ。つまり……」

「はい! 半端なものは書けません!」

「とはいえ、書いたことないものをすぐに書けと言われても難しい」

「はい……半端なものは書きたくないです……」

「豊富な読書経験がある分、上達は早いと思うよ」


 きいろ先輩の言うことは間違っていないと自分でも思う。

 しかし上達するにしても、もうすぐ始まる本物山小説賞には間に合わない。


「とはいえ、君も学業や動画作成で忙しい。いやまあ俺は文系の忙しさについてはあまり詳しくないんだけどさ」

「はい……忙しいです……」

「そこでリアルでも面識のある俺が、君に教えられるホラー小説を書くことになった」


 私はコクコクと激しく頷く。

 そもそも、それで喫茶店で待ち合わせをして、きいろ先輩から小説の話を聞いていたのだ。

 

「だから君が一本仕上げるまで俺がつきっきりで指導する」

「えっ!?」


 ま、まさか白衣の似合う年上メガネ男子にずっと付きまとわれて秘密のレッスンが始まってしまうの!?

 あー、いけませんいけません! 乙女ゲーじゃないんですから!!


「そ、それって……?」

「この喫茶店が閉店するまであと六時間。この後は時間が空いていると言っていたね。六時間で一万文字書くよ」


 当たり前みたいな顔してしれっととんでもないこと言った。


「え゛っ」


 ムリ……そんなのムリに決まっている。

 

「一時間三千文字なら三時間で書けるでしょ。あ、コーヒーおかわりお願いします。追加の角砂糖も」


 喫茶店のマスターにおかわりを頼むきいろ先輩の前で、私は顔を青くしていた。


     *


 五時間後。


「――できちゃいました」


 信じられないことに一万文字のホラー小説が完成していた。

 

「いや、できるって言ったじゃん? 多分五千文字ならもっと早くできたよ。一万文字にするために少し水増ししたし。長すぎるんだよなあ一万文字」

「でもすごい! これすごいですよ! どんな魔法使ったんですか!」

「いやいや、君が書いたんだからね?」

「私が……わぁ……!」


 眼の前のパソコンの液晶に浮かぶ文字列を眺める。

 話をざっとまとめるとこうだ。

 ある日首吊り自殺を目撃してしまった主人公は、それ以来なんとなくその死体に付きまとわれているような奇妙な感覚を覚える。

 幼馴染の勧めで主人公はその自殺した男のことを調べ、本当に相手がつきまといをするような人間だったのか、そしてちゃんと弔われているのかを確かめることにした。

 その結果、自殺した男は主人公のストーカーであり、主人公に自らの自殺した光景を焼き付ける為に計画的に自殺の場所と時間を選んでいたことが明らかになってしまうというものだ。

 実はさらにすごいオチがあるのだがそれは秘密。発表するのが楽しみだ。


「女性が感じる異性からの気持ち悪さみたいなものを、ホラーの文脈に落とし込んでみた感じだよね」

「書けてますかね?」

「良いと思う。書けてる書けてる」

「しかし結構単純な方法でしたね。一度見たことのある映画や、一度読んだことのある本の筋書きを自分好みにアレンジするって」


 きいろ先輩はにやりと笑った後、滔々と語りだす。


「いや確かに一見単純な方法に見えるかもしれないが、単純化の為に複雑な工程を経ているし、そもそもアレンジに必要なのは書いている人間のセンスな訳だから、本物の単純さからは程遠いよ。今回は細かいニュアンスを伝える為に俺がつきっきりで指導するしかなかったけど、本来ならばこれをもっと簡単に、理屈で説明できるような、直接教えなくても誰にでもできる方法論として確立させなくてはいけないんだ」


 まるでろくろを回すようなポーズで語るきいろ先輩。

 本物山先生の著者近影で似たようなポーズがあったから、きっと物真似に違いない。


「ふふ、理屈で説明なんてまるで科学者みたいですね」

「理系ですから」


 そう言って自慢げに眼鏡をクイッとするきいろ先輩はどこかコミカルで可愛かった。


「じゃあ今日はこんなところで終わろうか」

「ですね、ありがとうございました」


 そうして私たちが席を立とうとしたその時だ。

 

「待った」


 突然きいろ先輩が私を止める。

 きょとんとした表情を浮かべる私に、きいろ先輩はまた真剣な顔で忠告する。


「また書くことになったとしても、一人でホラーを書いてはいけないよ?」

「そういえばさっきもそんなことを……」

「だって――君は鋭いから」


 きいろ先輩の言葉は、まるで何かの呪いのように、私の鼓膜へ、脳へ、染み込んだ。

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