三区間の恋列車
宮窓柚歌
三区間の恋列車
最寄り駅から三区間。
私が彼に出会えるのは、朝の通学電車での、たったそれだけの間だ。
学校が違う彼との接点は、殆ど無いに等しい。
いつもホームと反対側の扉にもたれ、ずっとスマホを弄っている彼の横顔を、傍の席に座ってただ眺めるだけの日々。
たまに、ちらりとこちらに視線を向ける彼から、慌てて顔を背ける。
たったそれだけの、毎朝の出来事。
だけど、そんな5分間の宝物も、終わりを告げる。
私は、今日、高校を卒業する。
もうこの時間に、この電車に乗ることもない。
特等席のこの場所で、彼を眺めることもなくなる。
名前も知らない彼に声をかける勇気は、私にはなかった。
そんなものがあれば、三年間もただただ彼を見上げ続けるだけなんて、つまらない事にはなっていなかったはずだから。
多分、彼は私のことを、毎日電車で乗り合わせる女子高生、くらいにしか思っていないだろう。
彼を好きになったのは、一年目の初夏だった。
その時私は、たまたま電車に迷い込んできた虫に、執拗にまとわりつかれて泣きそうになっていた。
それに気づいた彼は、ヒョイと虫を捕まえて、窓から放り投げた。
彼にとっては、おそらく大したことではなかっただろう。単に飛び交う虫が煩わしくて、追い出しただけかもしれない。
けれど私は、そんな何でもない彼の優しさに、心がときめいたのだ。
そんな三年間の片思いも、今日で卒業を迎える。
「あれっ」
いつもの指定席の隣に、彼の姿はない。
(ひょっとして彼の方が、先にこの電車を卒業しちゃったかな?)
少し残念に思いながらも、座り慣れたシートに腰掛ける。
私に、彼に話しかける度胸があったなら。最後のこの日を待っていてくれただろうか。
(なんて、そんな都合よく仲良くなってはくれないよね)
俯いてため息一つ。
予想外の形であっさり終わった、私のこの三年。
そんな頭上に、突然影が差した。
誰かが私の前に立っている。
顔を上げると、三年間見慣れた顔と、初めて目が合った。
「あのさ」
初めて聞いた声は、想像していたよりも、少し高くて。
「俺、今日で高校卒業で。この電車乗るのも、今日が最後でさ」
真っ直ぐにこちらを見つめるその顔は、その瞳は、とても真剣で。
ほんの少し、頬が赤くて。
「だからさ」
私の頬も熱くなる。
彼の言葉を待ちかねて、心臓が騒ぎ出す。
「名前と連絡先、教えてくんない?」
三区間の恋列車 宮窓柚歌 @yuzu_window
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます