その8
入院して一週間……ハムコは死んだ。
結局、私は血の一滴も彼女に与えられず、鶴も数羽しか折ることができず、周りの人にあたり散らしただけで、何もしてあげることができなかった。
ガチャコと言えば、風邪気味と聞いて渡した風邪薬が、結局彼女の肝臓に負担をかけたのではないか? とか、もうちょっと気がついてやればよかったとか、後悔ばかりしていた。
私も後悔していた。
お葬式ではじめてあったハムコの彼は、おじさんにしてはちょっといい男だった。
ハムコは、なんだかんだいってもあまえっ子だったから、この人にいっぱい甘えていたのだろう。ガチャコにはずいぶんとノロケ話を聞かせていたらしい。
妻子あるこの男性が、何といって会社を休んで葬儀に出てきたのかはわからない。ハムコの両親には、バイト先の上司だと挨拶しているようで、お母さんが何度も何度も頭を下げている。
悲しいのかも知れないが、まったくふつうにしているところが大人なんだろう。
罪悪感を感じているのか、悲しいのか、何も感じていず、付き合いなのか……。
無表情な顔からは、何も感じ取ることはできない。
あまり知り合いもいない中、ただ、あまり目立たぬよう、じっと葬儀に参加していた。
ハムコはハムコなりに、この人のことを愛していたのかもしれない。
ハムコは、人を見るところがあった。
ピュアで繊細だから、私には、彼の話などするべきではなかったと、でも、本当は一番聞いてほしかったと言っていたそうだ。
なぜ、生まれて初めて参列する葬儀が、ハムコの葬儀じゃなきゃだめだったのだろう?
遠い親戚にでも不幸があって、そっちが先だったら少しは落ち着いていれたかもしれないのに……。
お葬式の間でさえ、騒ぐことはなかったが、私は呆然としていて、人に迷惑をかけっぱなしだった。
千羽鶴は棺の中に収まっていた。
ハムコが大勢の人たちに愛された証として……。
ガチャコがそっとささやいた。
「あのね……私、あの鶴を見たときね、やっぱりよかったんだな……って、思ったよ。お母さんがね、うれしそうにしていたよ」
年老いてからの一人娘。
先立たれてしまったお母さんには、もう思い出だけがすがるものかもしれない。その後もお母さんは、ハムコの部屋をそのままにしている。そして涙に暮れている。
折鶴は、確かな存在感をもって、ハムコの横に置かれ、彩りを添えた。
結局、私はお母さんにも何もしてあげることはできなかった。私はうつむいた。
私は、無力だった。
でも、折鶴は、少しは力があったらしい。
それでも、私は素直にガチャコのように、鶴をみとめることができない。
ハムコの恋愛だって、冷静に聞けたかどうかもわからない。
大人になれないのかもしれない。
でも、疲れた。感情に疲れた。
ハムコを認めてあげられなかった自分の狭さに疲れはてた。
折鶴は飛んだのだろうか?
私は飛んだのだろうか?
どっちが飛べたのだろうか?
もう、そんなことはどうでもいい。
ハムコは死んじゃったのだから……。
呆然自失でふらつきながら、私はハムコのことを思い出す。
私は、彼女が大好きだった。
それだけは真実だ。
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