第15話 花と華
「そう‼
華、上手い。でも、そこは
その言葉の通り、足が滑り華は落下する。
「惜しかったね」
一花の言葉に華は「う~ん、あそこは正対の方がよかったですね~」と悔しそうに言う。
「少し、やすもっか」と一花の提案に華の腹が返事をした。
「……あ」顔を真っ赤にして、おずおずと上目遣いになる華に一花は微笑みかける。
「ここだと、クーラーも効いてるから助かるね」
ジムのサロンで2人は持って来ていた弁当を開く。
一応ジムの関係者に確認を取ったが、プロテインやタンパク食を補給する人も居るので問題ないという事だった。
「いいね、一花ちゃん。華ちゃん。お昼かい? 」
そう言って2人に近付く大柄で爽やかな青年は、このジムでルートセッターもしている職員の
社会人クライマーとして近年の大きな大会でも入賞を経験する実力者だ。
「はい、上羅さん。ありがとうございます」一花の丁寧な挨拶に手を振ると優しそうな微笑を浮かべた時、その彼の背後から声が聴こえた。
「あっ‼ 継葉ちゃん⁉ 今日来てたんだ‼
よかった~、今日俺3段の課題に挑戦するからさ~、先行して手順見せてよ~」
そしてその青年は上羅の背後から言葉を先に近付いてくる。
その人を見て、華は表情を固める。
髪はボッサーとしているが、カッチカチに逆立てて固められ、その色は父方の祖父がいつも身に着けているネックレスの様にキンピカに輝く。
顔は、眉が遠目では見えない位細く、耳に大きなピアスを5個。
アロハシャツに、ぶかぶかの短パン。出で立ちが余りに彼女の関わった人と異質な者だった。
「
見かねた上羅が説明すると、一花も彼の出で立ちに怯えていたようで、静かに会釈だけした。
それを聞いた阪木という青年は、マジマジと一花の顔を見ると。
「なんだ、ニセもんか」と言って、興味無さそうにその場を立ち去って行ったのだ。
華は、慌てて一花の方に視線を移す。
「大丈夫だよ、華。心配するな……」
言葉とは裏腹に、その声に力はない。
華は、次にキッと阪木の背中を睨みつけた。
「こ、こまった奴だな。彼は。
ご、ごめんね。気にしないで、ゆっくり召し上がってね? 」
その空気を察して上羅がヘラヘラと困った様な笑顔を浮かべ、その場を足早に去っていった。
「しょうがないよ、華。あの人の気持ちも解る。そんな事より早く食べて、練習しよう」
彼女はそう言うが、当の本人でない華は胸の
「ほら。食べよ」そう微笑むから華は渋々と食事を続けた。
でも、気付いてた。その声に寂しさが混じっていた事に。
「華っ‼
そう‼
いける‼ ガンバ‼ 」
華はハーハーと、深く呼吸を行い息を呑むと胸元のカチホールドから、一気に右手を伸ばしてゴールホールドを掴んだ。
「やった……
やりました‼ 先輩‼ ふひゃっ」
最後に気が抜けて、背中から落ちた。
「おめでとう、華ちゃん。
これでもう4級レッドポイントだね‼ すごい成長だ。うちの4級は難しいって有名なんだよ? 一花ちゃんのコーチが余程いいと思われる」
上羅のそんな言葉に、華は満面の笑みで「はい‼ 」と答えるものだから「華ったら」と、一花は顔を赤くして顔を横に隠した。
「じゃあ、次は一花先輩の番ですね‼ 」汗で光る顔のまま、華は底抜けに明るい顔でそう言った。
「う……わ、私? 」予想してなかったのか、一花は解りやすく戸惑う。
「確か、一花ちゃんは3段に初挑戦だったね。
どうしよう? フラッシュで挑戦するなら、僕か、それとも丁度3段に挑戦する子が居るけどどうする? 」
一花の思いもよそに、上羅が話しを進めていく。
「……挑戦する人って……さっきの人ですか? 」
華が尋ねると、上羅は「うん? ……あ~……う、うん」と歯切れが途端に悪くなった。
「やりましょう‼ 一花先輩‼ 」
華が、突然勢いを増して一花に詰め寄った。
「ええ⁉ む、無理だよ。華、そんな突然……」
だが、その言葉に華は引き下がらなかった。
「無理じゃないです‼
先輩、とっても楽しそうにボルダー教えてくれてたじゃないですか‼
なのに、その先輩がボルダーをしないって変です‼
それに……」
一花は、初めて華のその表情を見た。
あんなに、引っ込みがちで。どちらかと言うと彼女は自分に近い人間だと思っていたのに。その表情はとても真剣で寧ろ、似ているのは……。
「悔しい……先輩の事をろくに知らない人に……
先輩を馬鹿にされたみたいで……」
「華……」
そのやりとりを、引き攣った笑顔で眺めながら、上羅は一花の返答を待つ。
「じゃあ……挑戦します……
一応……一撃狙いで」
「先輩――‼ 」
パァッと表情を明るくする華を見て、一花は思った。
あの子に似てきちゃったのかなぁと。
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