第13話 凪海家の日常
双子というのはとても不思議なものだと彼女は思っている。
同じ日に産まれ、ただ取り上げられた順番が違うだけで、2人は姉と妹という全く違う立場の人生が与えられるのだ。
そして、元々一つだったそれは別れた瞬間にそっくりな外見に全く違う魂が宿る。
凪海一花は、物心着いた時から自分に姉という意識が芽生えていた。
体格も顔もそっくりだけど、妹の継葉は自分が守り導く存在だと信じてやまなかった。
継葉の常に前に居る事が、自分の居場所だと。
自分を頼る妹の顔を見て、疑う事は無かった。
だけど、妹は自分に無いものを多く持っていた。
他人との距離をものともせずに詰めてしまうその無邪気さ。
普段は抜けている様でも、本番では失敗をしないその集中力と土壇場の強さ。
そして――仲直りの
思えば姉妹がケンカをしても……いつも、仲直りは妹からだった。
よくよく考えれば、ケンカの原因もひょっとしたらこちらだったかもしれないのに。
妹は、姉には出来ない人を許す事を知っていた。誰にも教わらずとも。
だから、その時が来た時も。
一花に驚きはなかった。
でも――。
「やったー‼
見た、お姉ちゃん‼
初めて1級の課題クリアしたよ‼ 」
妹が自分を追い抜いて行った事は確かに悔しい。
でも、本当に悲しく、苦しかったのは。
妹のその成長と才能を共に喜べない自分の醜い心。
妹を導く――先を歩く存在?
その心の実は――ひどく昔から嫉妬で塗れていた事実。
妹に追い抜かれ。
差が詰まるどころか、見る見るうちに遠く離されていった。
それでもスポーツクライミングを続けているのは、辞めた時にその本当の自分を認めてしまう事になってしまうから。
そんな姉の自尊心。
他者から見れば取るに足らぬ下らないものだろう。
しかし、それが一花にとっての最後の背骨。
姉としての自分の存在への否定。
一花が恐れているのは――それだ。
彼女は……いつまでも要たいのだ。
大好きな妹が頼りにする姉で。
「お姉ちゃん……」
部屋をノックもせずに、入ってくる妹に対し、一花はその声を無視する。
「あ、あのね……こないだの事なんだけど……」
一花は、心の中で溜息を吐く。継葉はこちらが敢えて無視している事を解ってて話を始めているからだ。
一花は、表情を崩さぬ様心を落ち着かせてから椅子の回転を付けて振り返った。
「……なに? 宿題で忙しいんだけど」
その厳しい声に、ビクッと肩を揺らす妹は、白のワンピースに、頭の左右で二房に髪を結った幼い格好をしていた。
「まだ、怒ってるのぉ……? 」
砂糖を山盛りにして、アイスクリームを乗せたコーヒーみたいな甘ったるい声に一花のこめかみに居綱の様な血管が浮く。
「怒ってないわよ‼ 忙しいんだから‼ 用がないんなら出てって‼ 」
継葉は「ひっ」と肩を竦めて、瞳に涙を浮かべた。
「ごめぇん……おねえちゃぁん……なかなおりしよぉ……」
少し、間を空けてから涙声で弱弱しい声を発してくる。先に自分側から大声を出して怯えさせた事もあり、これは非常に罪悪感を抱かせる。
それが、更に一花をイラつかせた。こういう事を本当に無意識でやるのが妹のズルいところだと骨身に滲みている。何故ならば、生まれてから一番永く一緒に居たから。
「わかったから……もう、怒ってないよ」
大きな溜息を吐いてからそう告げた。
そして、次に妹がどの様な行動をするかも、解っていたから――一花は継葉に向かい合った。
想像通り、彼女は胸に飛び込んでくる。
「暑苦しい……」
その言葉に、継葉は顔を胸に埋めたまま手を伸ばして、机の上にあるエアコンのリモコンをとって、器用にそのまま気温を下げた。
「いや、寒いから」
リモコンを奪い取ると気温を戻し、呆れた様に天井を見上げる。
「ねぇ、継葉……そろそろ、あんたは自分で自分の事を考えて……未来の事を考えて行動しなさいな。私の後ろにばっかり居ないでさ……」
だが、その声に反論する様に、継葉は胸元の顔をグリグリと動かす。
「ヤダ。お姉ちゃんとずっと一緒にいるよ」
また、その返答に一花はイラっとした。
「じゃあ、私かクライミングかどっちか取らなきゃならなくなったらどうするの」
「クライミング辞める」即答だった。
「バカじゃないの。あんたからクライミングとったら、一生ニートだよ」
そこで、ようやっと姉妹は瞳を合わせた。
「そしたら、ずっとお姉ちゃんと一緒だね」
嬉しそうにそう言うものだから。
「バッカじゃない? 私は普通に結婚して、普通に嫁ぐわ。ここを出ていくわよ」
姉はもう怒っていた事も忘れてたのに。
「お姉ちゃんみたいなムキムキゴリラ、嫁の買い手がつかないよ~」
毒は口より入りて、災いは口より出でし。
「ママーーー‼ お姉ちゃんがぶっっっった~~~~」
今日も、凪海家は賑やかである。
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