第四章 間隙【レスティング】

第12話 成長

 ある日の放課後。

 長かった期末試験週間も終わり皆が浮足立つ中、華は1人床が火であぶられてる様な猛暑の体育館で必死に壁のホールドにしがみついていた。


「ふっふぅ~、ふぅ~」

 ゆっくりと確実に1つずつ、ホールドに指をかけ、足をかけ、やがて2階の柵に到達する高さにあるゴールゾーンにタッチすると目に流れそうな汗を払う様に首を振る。

 そして、落下の為に振り向いた時だった。


「あーちゃん」

 華はそこに立って自分を見ている人物の名を呼んだ。

「すごいね。はなちゃん」

 華は、落下点のマットを確認すると、ストンと身を落とす。


「どうしたの? 」

 腰に差し込んでいたタオルで流れる様な汗を拭く華を、目を細めてあーちゃんは見つめる。

「んん、最近付き合い少なくなったから、なにしてるのかな~って」

 それだけ言うと、ただ黙って華を見つめる。

 何とも言えない空気に、華は「えっと……」と前置きを入れて話題を記憶の内から探す。

「あ、あーちゃん達は確か、ソフトテニス部に入ったんだよね? 」えへへ。と愛想笑いを含めていう華に、あーちゃんは「くっ」と鼻を鳴らした。


「ううん、もうあたしとりっちゃんは辞めたよ。すっごくしんどいもん、あれ」

 そして、話を断ち切る様に言うと驚いて黙る華の横を通り過ぎた。


「なんか、華ちゃん見てると簡単そうに見えたよ。これ。

 あの人が校舎登ったのは、マジビビったけど」

 そう言うと、あーちゃんは適当に頭元のホールドを掴んだ。


「あ、あーちゃん。気をつけてね」

 おろおろと心配そうに声を掛ける華に対し。

「はなちゃんに出来るんだから、あたしが気をつけるとかないっしょ」と、あーちゃんは聞こえない様に吐き捨てた。


 余裕そうだったその表情が歪んだのは、間もなくのことである。

「な、なにこれ……すごいしんどい……」

 今まで味わった事のない筋肉疲労が彼女の前腕と上腕、そして、肩から背中にかけて起こっていた。


「あーちゃん。あーちゃん。

 その丸いホールドは、しっかりとパーミングして摩擦を減らして‼

 それと、腰を壁にしっかりと引き付けて。上に進む時は手だけを伸ばすんじゃなくて身体を捻って‼ 」

 華の助言が飛ぶが。


「なにーー⁉

 パーミング?

 ホールド?

 意味わかんない‼ きゃっ‼ 」

 そうやって怒ったように叫ぶと、遂にあーちゃんの足が滑り、背中からマットに堕ちる。が、登れた距離も手を伸ばした程度だったので大した衝撃も無くマットはそれを吸収する。


「大丈夫? 」

 華の差し出した手は掴まずに起き上がるとあーちゃんは「つまんないね。これ」と吐き捨てるとお尻を何度かはたき、置いていた鞄の所へ戻りそれを手に取る。


「あたし、帰るけどはなちゃんは? 」

 その言葉を受けて、華は「へ? 」と小さく驚き、額の汗を掌で拭うと。

「わ、わたしは、も、も少し部活しよっかな……って」と愛想笑いを浮かべて答えた。


 それを受けてあーちゃんは目を細めると、華の顔と、カラフルな石の付いた壁を見比べ「ふぅん」と小さく呟き。


「んじゃ、じゃあねー」

 とそそくさと帰っていってしまった。


 何だったのだろう? と疑問を思いながら華はブラシを手に取りホールドをごしごしと磨き始める。

 そんな時、少しだけ引っかかった言葉があった。


「詰まんなくなんか無いんだけどな……ボルダリング……」



 間もなく、他の部活動の生徒達が体育館にやってくると、華の言葉はその中に流れていった。

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