第2話 花と葉
「ボルダリング部? 」
あずまっち達が華の提案に驚いた様に聞き返した。
それに反応してあーちゃんと呼ばれた少しキツネ目の女子がひそひそと相談を始める。華は笑顔でその話が終るのを待っていた。
「まぁ……そうね。華ちゃんがそこまで言うなら……見学くらい……行っとく? 」
華の熱意が通じた様で、彼女達の中には候補に挙がっていなかったボルダリング部への見学が決まった瞬間、華はその場で喜びを表現する様に跳ねた。
――その放課後。
「おかしいねぇ、運動部なのにボルダリング部この辺にないよ? 」
あーちゃんは頭を掻きながら華と周囲の教室を覗く。
「おーい、ボルダリング部の部室、第二校舎の部室棟、三階だってー」
職員室に部室の場所を聞きに行っていたあずまっちとりっちゃんが戻ってくる。
「運動部なのに、文科系の方? 」と、あーちゃんは少し首を捻っていたが、四人は合流するとだらだらとその場所に向かった。
「着いたね」
華の言葉通り、そこには確かに「ボルダリング部」と扉上の表札に女子特有の丸文字で書いてある。
華は振り返り三人を見る。彼女達はお互いに目を合わせると一歩後ろに引く。まるで渚をみせる波打ち際の様に、それは華に扉を開けろ。という意味だ。その意味を正しく飲み込むと華は気付く。なるほどこれは確かに勇気がいる行為だ。
だが、扉の先にボルダリング部の先輩達が居るとも限らないだろう。と思った矢先だった。
「誰も来ないよーなんでー‼ 」
「まだ初日でしょ」
「お姉ちゃんが、あそこでアタシに暴力振るったのがいけないんだよー」
「な……何よ‼ そもそもあんたがやるって言ったのに、いざとなると揚がって全然駄目だったから私が代わりに言ってあげたんでしょ‼ 」
なにやら、一気に扉の向こうが騒がしくなってきている。
二人がやりあっているのか、どっかんばったんと異様な音も聞こえだす。華は堪らず三人の方を向いた。
だが、三人は首を縦に振る。
正直、彼女達にとって本命のクラブはここではなかったのだ。ただ珍しく華が率先した事もあって、付き合い――そうあくまでもそう言った意味合いのそれであった為、これはなるべく早く終わらせたい作業なのだ。引き延ばすのは不本意。
その瞳に強要を促され、華は引き手に指を掛け。
「えいっ‼ 」と思いっきり扉を開けた。
「………」
中はただの教室とそう変わらない、机とかが隅の方に重ねられた分、そこは同じ大きさでも広く見えたのも確かだが。
だが、一番目を見張ったのは、あの日、舞台の上に居た二人の綺麗な女子生徒が互いの頬を両手で伸ばし合って、半べそをかきながらこちらを見ているその姿だった。
「だへ? 」誰? と尋ねたのだろうが、彼女は引き延ばされた頬をブルルっと揺らして解くと、自分は思いっきり引っ張って離すものだから、もう一人の方は、堪らず頬を押えて悶絶した。
「えっえっえっ‼ ま、まさか――入部希望者⁉ 」
その様子はそう、言葉で表すなら正しく天真爛漫――それがこれほど似合う人が
「あ……いえ、あの見学を……」
あずまっちがそう言っている頃には、彼女は全員の手を一か所に集めて大縄跳びでもしているのかという程に思いっきり振った。
「わーすごい~~一気に四人も来てくれるなんて~~~」
流石のあずまっちも、そのテンションに苦笑いを浮かべている。
「ツグ‼ いきなり失礼でしょ。あんたはいつもそうだから……」
後ろで頬を擦りながらもう一人の女子生徒が近付いてきた。にこりと微笑むと
「どうぞ、中で座って」と、席に案内してくれた。とてもスマートな印象で格好いいのだが、両頬が指の形に真っ赤になっているのが、惜しい。とても残念だ。
そして、四人は彼女達に誘導され、一先ず着席する。
その対面に先の二人が座ったのだが、改めて華は思った。
綺麗だな――そして。
そっくりだ……。そう、目の前の女子生徒二人は、何となく目元だけ違う気がするがそれ以外は瓜二つだ。答えは余りに容易に想像できる。双子――恐らく的確だろう。
「じゃあ、まずは自己紹介しましょうか。私が部長の
そう、先に自己紹介したのは、落ち着いた方の女子生徒。先の彼女が天真爛漫を体現しているなら、こちらはその大人びた雰囲気から大和撫子――という言葉が華にはピンときた。
「はーーい! そして、あたしがこの山ノ守中学校ボルダリング部の主将‼ 凪海
まるで、無邪気な少女の様な自己紹介だ。そっくりな外見だが、その仕草言動からか、目が少し大きく幼く見えるのは気のせいでは無い筈だ。
「イチカ先輩と、ツグハ先輩かぁ……」それは華も知らず知らずの内に囁いていた。
「うんうん、でっ! あなたのお名前はっ? 」
思わず「えっ? 」という言葉が漏れた。気が付けば目の前で机に突っ伏しながらこちらに満面の笑みを向ける継葉が居た。
「あっ! 」舞い上がる。とはこの事なんだろうな。と後に華は思っている。
「あ、天塚 華‼ い、一年A組です! 」
それを聞くと、一花はメモを取り、継葉は笑顔のまま頷く。
二人に自己紹介が出来た満足からか、華の顔の火照りが治まらない。嬉しさと小恥ずかしさがぐるぐると回っている様だ。
「華ちゃん? 」
突然継葉に名前を呼ばれ、華は座ったまま飛び跳ねた。
「はは、大丈夫? 皆の自己紹介終わったから、クラブの説明しようかな……って話になってんだけど……」
「えっ⁉ 」ほんの先程に自分が自己紹介を追えたと思っていたが、どうやら満足感に浸り過ぎていたらしい。気が付いた時にはあずまっち達がこちらを少し冷めた瞳で見つめている。
「だ、大丈夫です。すいません……」
慌てて謝る華に、手を振り「いいっていいって」と継葉は笑顔を崩さない。
「さて、実際に口だけで説明するより、資料を見てもらった方がボルダリングの事を詳しく知れると思うんだけど……ツグ、こないだのコンペ動画、どこにしまったの? 」
一花の問い掛けに、継葉は目を点にして、首を傾けた。それを見た一花の蕾の様な小さな唇が歪むと、そのまま継葉の脳天に手刀が落とされる。
「あだぁ‼ 」面白い悲鳴と同時に。「ふざけない‼ 真面目に訊いてるの‼ 」竹を割った様な凛とした怒声だった。
「め、めいちゃんが見たいって言うから……預けたぁ……」頭を擦りながら情けない声で継葉は返していた。それを聞くと一花は立ち上がる。
「解った。じゃあ私が取ってくるから。それまで……下級生に変な事しないのよ? 」と言って四人に「少し待ってて」と優しい微笑を浮かべて部屋を後にして行った。
まるで漫才の一興のようだったその出来事に1年生4人は言葉を無くして互いの顔を見合う。
「ねー、あの人あたしの双子のお姉ちゃんなんだけどさ‼ あーやって怒ってばっかだから、目だけはあたしと違ってツーンってなっちゃったんだよ」彼女は言いながら自分の目を人差し指で吊り上げている。
だが、それが冗談だとしてもまだ打ち解けていない彼女達には苦笑いしか生み出さない。気まずい空気が流れる。
「そうだ‼ 」その沈黙を数分も待てないと、言わんばかりに継葉が両手をパチンと叩いた。
「やっぱり、クライミングは生で見るのが一番だよ‼ こっち来て‼ 」と、それだけ言うと、飛び跳ねながらドアの方へと走り出すのだ。
「ほら、早く、早く‼ 」呆気にとられている四人を焦らせる様に跳んだり、手を振ったり。とにかく元気に動き回る。
「どうする? 」「でも、さっきの人は待ってて――って言ってたし……」
「行ってみよ? 」華の意見に残りの3人がギョッと驚いた。
「どしたん? 華ちゃんてそんなに攻める子だったけ? 」とあずまっちが言葉を出そうとする時にはもう華は席を立ち継葉の後ろについて行っている。3人は再度顔を見合わせると、しぶしぶその後をついて行った。
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