第3話 蟹
「校舎裏……? 」
階段を下り、5人は校舎で日陰となったそこに居た。玄関で靴に履き替えようとすると「だいじょぶだいじょぶ」と継葉が促すから4人は上履きのままだ。
「よっし‼ じゃあ、これからあたしがクライミングして見せるから、しっかり見ててね‼ 」
そして、唐突に4人の顔を見るとそう言い放つ。
「え? 」と、誰かが疑問符を口にした次の瞬間。その美少女はとんでもない行動に出た。
「な? なーーーーー‼ 」4人が同時にそう叫ぶのも無理はない。
まるで、コメディアニメで見る様に、彼女がスポスポと躍動感いっぱいに脱衣したのだ。それも、並大抵ではない。上の紺のセーラー服からスカート。挙句は上履きと靴下までスポーン。と脱ぎ飛ばし、一気に眼前に肌色が露わになる。
「よーし‼ 」だが、そんな事など気にも留めず、継葉は右手をぶんぶんと回している。
「つ、ツグハ先輩‼ 」華が慌てて脱ぎ散らかしたセーラー服を持ち上げた。
「あっ、流石に制服だと、危ないからね‼ 」
継葉は、そう笑うと校舎を見上げた。その格好は、上は肩が大きく開いた黒のノースリーブ、下は臀部の形がくっきりと解る群青色のスパッツ、そして足は素足。
一体全体、何が始まるのか。と4人が息を呑んだその時だった。
「よっいしょ‼ 」まるで垂直跳びでもしているかのように、彼女は窓ガラスに向かって跳び上がった。そのまま、上の窓枠を掴むと身体を横にググっと動かし出っ張っている柱部に足を架ける。
「えーーーーーー‼ 」身体が一気に90度変換されたその驚きの光景に、皆が驚きの声を挙げる中、華はその変化を見た。
大きく開いた背中から見える彼女のそれがはっきりと変化していた。大きく肥大し多量の突起が出没するその筋肉のキャンバスを見て、華が最初に連想したのは蟹の甲羅である。
「こーやって、手と足を引っかけてね? んで、次の掴むとこを目指すの‼ 」まるで何てことないようにそう言うと、継葉は右手を伸ばし二階へと続く壁の出っ張りを掴んだ。
「え……嘘……」あずまっちの声は震えている。
だが、それは嘘ではない。まるで子どもがジャングルジムで遊ぶかの様に、彼女は次々と校舎を登って行くのだ。それも……命綱も何も着けずに。
その反応は継葉の感じたものとは全く異質。だが、継葉はそれを尊敬の眼差しと捉えていた。
必然、その考えは行き着く。
もっと、いいトコ見せなきゃ――と。
「え……え? 」異変に気付いたのはりっちゃんだ。継葉が先程二階の壁を登る時と違う動きをしている。窓の枠を使わずに、柱の方に右足を掛けるとリズムを刻む様に、身体を、正確には膝を曲げたり伸ばしたりしている。
「何……する気? 」予想は出来た。だが、それが解答なら余りにもバカげている。自殺行為。彼女達にとってそれは、それ以外の何でもない。だからこそ本当に起き得ないと、その予想を口に出さなかった。
「……? 」
戻った一花は、もぬけの殻になっている部室を見て嫌な予感を胸に抱く。そして理解する。これは予感ではないと。
机の上にDVDを置くとまずベランダに出て顔をだし、運動場。そして真下を確認する。
運動場ではサッカー部と野球部が声を出しており、真下の花壇では養護学級の生徒達が水をやっている穏やかな光景だ。しかし、一花はすぐさま、反対。廊下側の窓に向かい外を見る。
「――ッッ‼ 」的中。我が妹の行動予想を彼女は見事に的中させた。
校舎の壁でクライミングを行う継葉を横目で確認しつつ怒りに任せて開けようとするフック式の窓鍵は中々開かない。
「あっ‼ 」
そのまま、止める事も出来ずに外はとんでもない事が行われた。
「ぎゃーーーーーー‼ 」花も恥じらう12、3の乙女達が男の様な野太い悲鳴を挙げたのは理由がある。
先程、登り方を変えていた継葉が起こした行動こそが原因。そして、その行動とは……。
二階の柱部に足を引っかけるとそのまま反動の勢いをつけ、一気に三階の窓下の出っ張り部分を。その細い左手だけで掴まえた。そしてそのまま宙づりでぶらぶらと揺れる身体を――支えているのはたった二本の指。
それは、凄まじいまでの体幹の力によってなされる。一般的に懸垂の様な体勢では腕の筋肉が重要に思われる。確かに体重を支える力は腕の筋肉が大きな役割を果たすが、重要なのはそれをサポートする腹筋、背筋といった体幹の力だというのが事実。
その、複雑に凹凸した背中が導き出したものこそが、正にそれなのだ。
「あのひと……なにやってんの……? 」あずまっちが皆の心中を口に出した。だが、華はそう思わなかった。いや、それどころか。
そのまま、唯一繋がっていた左腕の指で身体を引き付けると継葉は、そのまま右手を掛けた。あとは二階に登った時と同じ様に窓まで難なく到達。
「どうーー? 」振り返って見下ろすと、継葉は、屈託のない笑顔で4人に意見を求めてくる。
「は……ははは……どう? だって……」3人は完全に引いてしまって引き攣った不細工な笑顔しか出てこない。
ただ1人華だけは目を輝かせていた。その時胸中に抱いた思いは、先程の跳躍の時に抱いたそれと同じ思い。
「か、かっこ……」
大きな声で応えようとした時。
継葉の目の前の窓が開き、彼女の脳天に目にも止まらぬ手刀が直撃した。
「あっ」4人の短い言葉も虚しく、白目をむいて頭頂から煙をあげる継葉は、窓から伸びた手に羽交い絞めにされて、ずるずるとヘビに呑み込まれたカエルが如し、窓に呑み込まれていった。
「……帰ろうか……」あずまっちの言葉に、3人は頷き、再度廊下を上って先の部室に向かった。
「ごめんね……」
部室に入ると、開口一番待っていた一花が、皆に頭を下げた。
「この子、クライミング以外だと本当にバカなの。ううん、クライミングの事になるとバカになるのかも……とにかく、ごめんなさいね、今日はもうアレだから……また、後日競技の説明させてもらえる? 」
懇願する様な瞳に、4人は引き攣った苦笑いのまま頷き、部室を後にした。
「あり得ないよね……」退室一番、口を開いたのはりっちゃんだった。一番グループの中で周囲の様子を伺う彼女が最初にそう言ったのは……つまり、そういう意味だ。「うん……」とあずまっちとあーちゃんが続く。それはあり得ないの同義である。
3人の少し後ろを、華はとぼとぼとついて行く。恐る恐る後ろを振り返る。勿論、そこには無人の廊下が広がるだけだ。でも、胸の高鳴りがおさまらない。自分でも。自分でもひょっとして……出来るのではないだろうか? そう思うだけで、それは更に加速した。
「ちょっと‼ 待ちなさいツグ‼ 」
声にエコーが掛かる夕暮れ時。
「待たない‼ お姉ちゃんぶつもん‼ 」
タタタタ……と、軽い足音が密封された石壁に反射して響き渡る。
「もうっっ」一花は、鞄を肩に担ぐとスカートの端を結び一気に駆けた。
見る見るうちに差が縮まると、一花は両手でがっちりと継葉を抱き締めた。
「んぎゃあ、お姉ちゃんの脚、速過ぎて怖い‼ 」
「ここは、トンネル抜けた後、カーブが急だし、ミラーも無いから飛び出したら危ないって毎日言ってるでしょ‼ 」
そう言われると継葉はもじもじと羽交い絞めされたその腕に顔を摺り寄せた。
「……あの子達……驚いたかなぁ……」
その声のトーンには寂しさが混じっている。
「まぁ、突然校舎をスパイダーマンよろしくよじよじ登ったら、そら女子中学生は引くわよ、ていうかあんなの、学校側に見られてたら、部の存続に関わるわよ」その腕から力を抜いていく。
「そっか……折角クライミングを知ってもらえるチャンスだったのにね……」
その言葉を聴きながら、一花はスカートの結びを解く。
「しょうがないでしょ。やり方はいけなかったけど。あんたなりによかれと思ってやったんなら、それで駄目だったて事よ、諦めなさい。それよりも、もう次の大会、20日切ってるでしょ? 気持ち切り替えなさいよ。あんたには立場ってもんがあるんだから」
そう言うと、一花は継葉の髪を撫でる。
「あだっ‼ ちょ、ツグ、痛いわ‼ 」
だが、継葉は一花をより強く抱き締める。
「もっと、なでなでして」
その甘ったるい声に一瞬、どうしようかと悩んだが、一花は彼女を強引に引きはがした。
「そういうのは、彼氏でもつくって、頼みなさい」
※※※
「え? 」
翌日、部室の戸を開けた二人は思わず驚きの声を漏らす。
「あ……」
部屋の真ん中に、電気も点けずにおろおろと、小柄な女子生徒が立っている。
「昨日の……」継葉の記憶に残っていたその子。
「確か……天塚……さん? 」
そして、顔と名前まで記憶していた一花。
「は、はい‼ 今日から、ボルダリング部にお世話になろうと思います‼ どうぞ、よろしくお願いします‼ 」
姉妹は顔を見合わせ、そしてその少女に飛びつく様に近づいた。
「勿論‼ 歓迎するよ‼ は~~なちゃんっ‼ 」
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