天嶺に咲く花~Challenge on a wall~

ジョセフ武園

第一章 出逢【ファースト・ムーヴ】 

第1話 始まりの言葉

「もうしんどい……」

 天塚あまつかはなは、爽やかな春風もよそに、その延々と続く山道を睨む。

 入学に向けて、昨日バッチリ母親の行きつけの美容院で切って折角セットした黒髪が汗でおでこにひっつく。

「なんで、この学校こんな山ん中あるの……? 」


 見つめる樹木の先に古びた校舎が少し頭を覗かせている。来道市立山ノ守くるどしりつやまのもり中学校。今月から華はそこに進学したが……入学して1週間も経たぬ間に早くもここを択んだ事を後悔し始めていた。そもそも、択んだ理由も『制服がセーラーで可愛い』からという不純なものだっただから、仕方ないのだが。


「やっと着いたよ~~~」

 教室の席に座ると、一気に汗ばんだ身体を机に預ける。

「華ちゃん、お疲れ~」その席を、数人の女生徒が囲んだ。皆、髪や制服に色とりどりの飾りを付けている。


「おはよう、あずまっち。りっちゃん。あーちゃん」

 あずまっちと呼ばれた大柄な女子は、華の前の席に座ると髪をいじりながら「そういえば、今日クラブ説明会だよね~華ちゃんはもう決めたの? 」と尋ねてきた。周囲の2人もうんうんと頷いている。

「え……ん~~」クラブ。華は小学生の頃から身体を動かしたりするのはあまり好きではなかった。どちらかというと文芸部の様なおとなしい部活を希望したかったが。

「うちら~、皆で同じクラブ入ろうよ~」

 あずまっちの提案に、再度周囲の2人がうんうんと頷く。

「へ……? 」意外な言葉――とまでは言わないが突拍子のない事をあずまっちがまた言ってる。と華は苦笑いを浮かべた。

「う……うん、解った。いいよ」

 華の笑顔を見ると「じゃあ、決めたら教えるね~ 」と満足そうにりっちゃんとあーちゃんを引き連れてあずまっちは離れていった。


「部活かぁ~……」小学生の時は入部すらしていなかった為、何となく辛いイメージがあるが同時に漫画などでみた『青春』のイメージが華の胸を期待で少し高鳴らせたのは無理のない話だ。


 まだ授業も本格的に進展もせず、あっという間に2時限の授業が終わる。今日はまだ昼食もなく、この後のクラブ説明会の後、1年生は下校という運びだ。


 わいわいと、体育館に続く渡り廊下が賑やかになる。思わず窮屈さに華は列からはみ出ると、空を仰いだ。春の空は青く澄んでいる。雑踏の空気が嫌になりすっと深呼吸を繰り返すと、まるで一面に咲く花畑の様な匂いがして華は横を見た。


 二人、顔も背格好もそっくりな女子生徒がそこを通り過ぎる。

 少し焼けた様な赤茶色の短めポニーテール。

 スッと伸びた首から続く輪郭と表情。

「双子? 綺麗な人……」思わず囁く程だった。

 目で追うが、その二人は直ぐに体育館の裏口の方へ消えていく。


 クラブの先輩方なんだ……何部の人だろう? と、華はわくわくと自分の胸が高鳴っている事に気付かぬまま、雑踏の列へと戻った。


 体育館の中は窓が全て開いていたが、人の熱気でむせ返って気持ちが悪くなる程だ。華は、先の胸が洗われる様な青空が恋しく窓の方へ視線を移す。


「ねぇねぇ、何部入る? 」

「おい、昼飯持ってきてるよな? 早速野球部いくべ」


 丁度、説明会も半分ほど過ぎたのだろうか? 運動部でめぼしいクラブの説明は済んだという事もあり、周囲の生徒達も浮足立つ様に、そわそわとしている。


 それも含め華は「参ったなぁ」と鼻で溜息を吐く。どれも説明に出ていた先輩方は身体も大きく強そうなイメージだった。とてもじゃないがあの人達に混ざって運動部の練習をこなす自分が想像できなかったのだ。


「それでは、運動部最後のクラブ紹介は……ボルダリング部の皆さんです。よろしくお願いします」


 その司会の声と同時に舞台に姿を現したのは、先に見たあのポニーテールのそっくりな二人だった。


「え……えっと……あ……えっと……ですねぇ? 」

 マイクを持った方の女子生徒は傍から見ても解るくらい緊張が伺える。

 その不安な様子に、賑わっていた体育館内がしん……と静まり返ったが、それが余計に彼女を焦らせたらしい。


「わ、わわわ」

 ジュッ――とマイクに息を吸う音が響いた直後だった。


「私達と……‼ 一緒に東京オリンピックを目指しませんか⁉ 」


 まるでその言葉は窓やドアが幾つも空いている筈の体育館の中を、何度も何度も反射している様だった。


 そして、恐ろしい程1年生達の反応がなく、言った当の方人が「私、今なんか言いました? 」とでも言わんばかりにポカーンとこちらを見つめている。


「~~~ッッ‼ 」それに耐えかねた様子で、隣のもう一人の女子生徒がマイクを奪い取ると深呼吸の後、凛とした表情で話し始めた。


「先程は、大変失礼致しました。私達は、フリークライミングの一種でボルダリング。というスポーツを専門にしているクラブです」

 そして、まるでニュースのアナウンサーの様に澄んだ声で説明を進めるので、皆が思わず聞き入ってしまう。何というか。とても春風に合う声だと、華は思った。

「ボルダリングは、2020年開催予定の東京オリンピックで正式種目に決まった『スポーツクライミング』の種目の一種でもあります。そして、国内でも女性選手が世界と渡り合っている実績を持っているスポーツでもあります。

 クライミング。と聞けば岸壁を昇る危険なイメージもありますが、ボルダリングは、安全にも考慮された室内スポーツですので、もしご興味がありましたら、是非当クラブを一度見学に来て下さい。男子も女子も歓迎致しますので、どうぞ宜しくお願いします」

 そう言って、最後にその女子生徒がお辞儀をすると会場から大きな拍手が起こった。


「お姉ちゃんスゴイ‼ 」

 そんな拍手の中、隣で先程テンパっていた女子生徒まで一生懸命拍手をしており、それを見た彼女は、その脳天に持っていたマイクを躊躇いなく落す。

「ごいん」と響く音と「んぎゃあ」と間抜けな声が起き、今度は会場が笑いに包まれた。

 だが、そんな空気の中でも、華だけは笑わずに先の言葉を何度も呼び起こしていた。

「ボルダリング……かぁ……」


 翌日。毎度毎度嫌になる通学路だが、何故か昨日と違い華はまるで景色に後押しされるように、足が急かす様に動く感覚を憶えていた。


 そして、それは正しい。

 きっと、彼女はこれから起こるこの出来事を一生忘れる事はないのだから。

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