いつだってそばに。

ユーカリ

勿忘草


最愛の、貴方へ


初めて貴方と会った時、この人と上手くやっていけるかしらって思ったわ。だって気難しそうな顔にぶっきらぼうな口調。印象は最悪。でも、少しずつ変わっていったの。きっかけはなんだったかしらーー。


「あ、おはようございます」

「......あぁ」

この人は、無口だ。お見合いの時点でわかっていた事だが、これまで会話らしい会話をしたことが無い。あっても事務的なやりとりのみで、ついでに笑ったところも見たことが無い。

「今日は、お夕飯どうなさいますか?」

「......食う」

「わかりました」

夕飯の予定を聞きつつ、朝ごはんを並べる。艶々のお米にワカメと豆腐の味噌汁、ふっくらとした黄色いだし巻き卵に大根おろしを添えた。我ながら良い出来だ。

「卵、どうですか?」

「......」

聞こえないように、小さくため息をついた。


ーーこの頃は、不安でいっぱいだったわ。静かな食卓。貴方は静かすぎて、あれ、私は今何かしでかしてしまったのかしらって。少しくらい話してくれても良かったのに。だけれど、こんな事もあったわね。


「......」

「お帰りなさい。お風呂、沸いてますけど先にお夕飯にしま......」


みゃおん


パチクリと瞬きをする。目の前には少し薄汚れた、おそらく白い小さな子猫。あ、目があった。

「あらあら、どうなさったんですか」

「......拾った」

「まぁ」

本当に驚いた。まさか子猫を拾ってくるなんて。この人にも優しさはあったのねと、失礼なことを考えながら風呂桶に湯を汲む。ミーミーと鳴く子猫を優しく手で抱きながら洗ってやる。

「やっぱりお前は白い猫だったのね」

「みゃお」

「ふふふ」


「名前、どうしますか」

「......」

「うーん、迷うなぁ......」

「......真白」

「え?」

真白ましろだ」

今日は驚いてばかりだわ。


ーー拾った小さな猫を不機嫌そうな顔で抱える貴方は、今思い返すと似合わなすぎて笑ってしまいそう。ふふっ。ごめんなさい。そういえば、息子の名前を考えるのは大変だったわね。


「ご懐妊おめでとうございます。妊娠三ヶ月ですね」


「子どもが出来たの」

「......そうか」

コクリと頷く。冷たい反応に思えるけど、実は違うってわかる。真白を拾ってから少しずつ会話が増えて、この人は言葉に出すのが苦手なだけでちゃんと考えてくれてるのだと知ったのだ。

「男の子か、女の子か楽しみね」

「あぁ」

「ふふっ」

自然と笑みがこぼれた。


「......」

考え事をしている時、眉間にシワが寄るのはこの人の癖だ。

「どうしたの?」

「......名前を考えていた」

「あぁ、この子の」

だいぶ大きくなったお腹を優しくさする。

「良い名前をつけてあげなきゃね」

「......そうだな」


「お母さん、元気な男の子ですよー!」


大きな大きな産声はそれはもう嬉しかった。それまでの痛みなんて吹っ飛ぶくらいに。なにより、この子が生まれるまで手をぎゅっと繋いでいてくれたこの人が、目に涙を溜めながら少しだけ口角を上げているのを見て、あぁ私は愛されているんだと、そう思った。


「この子の名前、何がいいかしらねぇ」

「......」

二人で、頭を悩ませる。名前は子供にとって親から贈られる最初のプレゼントだ。真剣に考えなくては。


なかなか良い名前が決まらず、早くも三日が過ぎてしまった。病室の窓から、緑が茂った大きな桜の木を眺める。とても、和やかな時間。

「大樹」

「?」

「この子は、大樹だいきだ」

「大樹......えぇ、えぇ、とても良い名前。この子は、大樹......」

二人で、顔を見合わせて、微笑む。スヤスヤと腕の中で眠る大樹。私たちの大切な、宝物。


ーー大樹が生まれてから、時間は目まぐるしく過ぎていったように感じるわ。子どもの成長って本当にあっという間ね。貴方は、見た目に反して子煩悩で、とても立派な父親だったと思うわ。大樹も、口では生意気を言っていたけれど、ちゃんと貴方のことを尊敬してた。ふふふ。あの子も口下手だから。大樹が上京して、しばらく。結婚すると報告を受けた時は、あの子も大きくなったのねって、なんだか感動しちゃった。お相手の方も良い人で、遊びにこっちへ来た時、隣で並んで料理を作ったのは楽しかったわ。大樹の昔話で盛り上がったけれど、その時の大樹の顔といったら。不機嫌そうにむくれて、ついからかい過ぎちゃった。ふふっ。貴方は大樹を私似だって、いつも言っていたわね。でも、私は貴方にそっくりだって思うわ。特に不機嫌そうな顔とか。ふふ。


だからね、貴方。そんなに泣かないで。「すまない」なんて、謝らないで。私は、私はね。貴方が、ちゃんと私を愛してくれてたって、知ってるわ。大樹にたくさんの愛情を注いでくれたのも。気難しそうな顔に、ぶっきらぼうな口調。だけれど、愛に溢れている貴方。そんな貴方がそばにいてくれたから、私は幸せだったのよ。



「愛してるわ」



妻より

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いつだってそばに。 ユーカリ @yuuka1205

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