第十一回 復活
オレ達が公安の施設に戻る途中で、その研究所から
「そんな馬鹿な! あり得ないことだ」
「とにかく、すぐに戻ると伝えてくれ」と、後部座席にいる
岬も慌てた様子で、電話越しに報告や状況説明を催促しているのだが、なんだかオレからしたら、どうでもよかった。
施設のガレージに入る。一文字と岬はすぐに車から飛び出て、オレ達の帰りを待っていた職員から詳しい状況説明を受けているのを、オレは車の中から遠目に見ていた。一文字がこちらに近寄って来て、助手席の扉を開けた。
「早く行くぞ。ゾンビはキノコの管理室にいる」
そう言ってオレの腕を引ッ張った。オレは抵抗する気にも成れなかったので、黙って従う。一文字が先頭で、岬がオレの背中を押すような形になって走って管理室とやらへ向かう。管理室の扉がある廊下に入ると、その部屋の扉は開いているのが見えた。
「
「キノコを返してくれれば、この老い
今度はゾンビの声だ。
「私になにをしても、キノコは渡さんぞ! 無理にケースを壊してみろ。すべてのキノコが死んでも知らんぞ!」と芹沢だ。
「黙れ!」
「ぐわああ」
「やめるんだ! ゾンビ! 博士を放せ!」
一文字と岬が扉で止まると、恐る恐る部屋の中を覗いた。なんとなくオレも二人を真似て中を覗いた。声の通り、扉の前には村松がいて、奥のほうには芹沢博士を人質にしたゾンビがいた。すでに
「どうしますか」と岬が言う。
「ゾンビは普通の攻撃を受け付けない。殴ろうが斬り裂こうがすぐに傷を修復するから無意味だ」
「ですが芹沢博士が人質に取られている上に、施設の中で……しかも準備をせずにゾンビを斃すのは無理があります。なので
「そうだな。ゾンビを斃す手段がない訳ではないが、やはりどう斃すとしても、人質が取られている状況は極めて
一文字がオレの首に
「ちゃんと話を聞いていただろ。さあ、行ってくれ」と一文字だ。
「お願いします、早田さん」と岬も言う。
やりたくないが、逆らう気もなかったので、オレは言われた通りにゾンビに向かって飛び掛かった。オレを見たゾンビは驚く様子も見せずに「遅かったな」とだけ言った。
取り敢えず、オレはゾンビを殴った。芹沢博士を捕らえていた腕を引き離したのと同時に、村松・一文字・岬の三人がゾンビに向かって銃撃を仕掛けた。
「行け! 早田! 奴を捕らえろ!」と村松が叫んだ。
ゾンビはそのまま隣の部屋へ逃げ出すのだが、オレは三人が放つ光弾に当たりたくなかったので、そのままボンヤリとゾンビを見逃した。
「一文字! 追うぞ!」
「はい!」と一文字は、村松と共にゾンビを追って隣室へ走る。
岬は芹沢博士に駆け寄った。
「博士、大丈夫ですか」と岬だ。
「私は大丈夫だ。だが、早く奴を捕まえないと、この研究所がメチャクチャにされてしまう」
「奴が廊下に出たぞ!」と一文字の声だ。
「逃がすな! 走れ!」と村松の声が続いた。
突然、爆音がいくつも鳴り響いた。
「なに?」と岬が声を上げる。
「まさか奴め、隙を突いて爆弾でも仕掛けていたのか。いかん! 早くしないと本当に逃げられる。私のことはいいから、君たちは早くゾンビを追ってくれ!」
「早田さん、行きましょう」と岬がオレの手首を掴んで走り出す。仕方がないのでオレは彼女に付いて行く。
廊下に出て少し走ると、一文字と村松がいた。奴はゾンビではない誰かに向かって拳銃を向けている。
「同志討ち?」と岬が呟いた。
オレと岬は一文字らの背後で立ち止まった。
「なにがあったんですか?」と岬の問い掛けに、一文字が答える。
「奴の腕をよく見てみろ」
オレと岬が、一文字らと対峙している男を見る。屈強な男である。その男は紺色の肌をした、細身の男らしき人物を片手で
「
「うちの職員を操っているということは、恐らくは【№《ナンバー》5】のクロコだ」と今度は村松だ。
「早田さん、気を付けて下さい。あの抱えられている人は
岬が説明してくれた。他人を操るから黒子という訳か。
「マドイのときは奴に協力する邪魔者を殺したが、クロコは他人を操っている間は無防備になる。操られている奴を助ける余裕がある以上、無闇に殺すわけにもいかないな」と一文字だ。
クロコに操られている男が、自分の
「撃ったら撃つぞ」と挑発してきた。
村松が小声でオレ達に言う。
「クロコは、乗り移りの能力以外は確認されていない。あの男さえ取り押さえてしまえば、一瞬だが奴は無防備になる。そこを集中砲火できれば――」
「クロコを斃せますね」と岬だ。
「それに今は僕らのほうが有利だ。あの男が死んでしまえば、クロコは自力で逃げないといけない。奴は自分の魂を他人に植え付けるような形で体を乗っ取るわけだから、乗り移る先を変えるには、その魂をいったん自分に戻さないといけない。僕らの誰かがあの男の代わりに乗っ取ろうにも時間が掛かるし、乗っ取られたとしても、行動を起こす前にクロコの本体さえ斃せれば問題はない」
一文字がそう纏める。
「という訳で早田、頼めるか」
村松がオレを見て言った。
「この中で一番速くて、一番力に優れているのもお前だ」と続ける。
「人殺しをしろと言ってる訳じゃない。一瞬だけでいいから、あの男を取り押さえてくれればいいんだ」と一文字が付け加えた。
「さあ、行ってくれ」と、ポンッと肩を叩かれた。
逆らうのも面倒だったオレは、取り敢えず男に飛び掛かった。自分の顳顬に銃口を向けていた男だったが、自害もせずにクロコを抱えたまま逃げ出したので、取り敢えずオレは男の動きを封じるために力任せに殴ってみると、男は思った以上に飛ばされて途中でクロコを放してしまった。数度転がったクロコは、すぐに立ち上がって逃げ出した。一文字たちは慌てて追撃に光弾を撃つのだが、奴には当たらなかった。村松は「待て!」とすぐにクロコを追い掛けたのだが、一文字はオレの前に来て「なにをやっているんだ!」と怒鳴ってきた。胸倉を掴むようにして、毛むくじゃらになっているオレの首元の毛を握った。
「僕は、男を取り押さえろと言ったんだ! 殴り飛ばせとは言ってない! お前のせいでクロコに逃げられたじゃないか!」とオレを睨んだ。
「ああ……すまん」と力なげに謝る。
「神社でなにがあったのかは知らないがな……お前、本当にいい加減にしないと――」と、ここで「一文字さん。待って下さい」と岬がオレ達の間に体を入れた。
「なんだ!」
「いまで争っても無駄です。早くクロコを追わないと」
一文字は歯痒そうにして、押し出すようにしてオレを放した。
「奴が逃げた先には階段があったはずだ。早く行くぞ」と言って走り出す。
岬も「早く行きましょう」とオレの背中を押して一文字を追った。
階段には上りと下りの二本があったが、地下に続く階段の奥から「待つんだ!」と村松の声がしたのを頼りに、オレ達は地下へと下りるのだが、廊下は左右に分かれていた。
一文字が「キャップ! どこですか!」と叫ぶと、遠くから「こっちだ!」と声がしたので、その方向に向かってオレ達は駆け出した。
扉が一ヶ所だけ開いていた。オレ達が躍り出るように部屋の中を見ると、村松と奥にはゾンビとクロコ、そして白衣を着た研究員らしき男がいた。さっきは分からなかったが、紺色の肌をしたクロコには鼻筋の真ん中から桃色の大の字をした模様があった。
オレは部屋に掛けられている札を見ると『ワームホール研究室』と書いてあった。道理で部屋の中には変な機械が多いはずだ。しかも部屋の四分の一の面積を占めるほどの大きな機械まである。ゾンビとクロコに囲まれている男は、その機械のキーボードを操作している。
村松らはすでにゾンビらに銃口を向けていた。
「おい、研究員! なにをしているんだ!」と一文字が怒鳴った。
「ひいい」と声を上げる研究員の代わりにゾンビが言う。
「私がこの男にワームホールを生成しろと命じたんだ。逆らえば殺すとも付け加えてな。さっきの老人と違って、この男は自分のためなら裏切りも平気らしい」
「私だって好きでしている訳じゃない!」と研究員は涙声で言ったが、「だが、生きるために従っているじゃないか」とクロコに言われる。
ゾンビも笑みを浮かべて研究員を見た。
「そうそう」と言ってこちらを見る。そして言う。
「当然ながら、ワームホールを生成して私たちは自分たちの世界に戻るつもりだ。それを阻止したいのなら、この男を撃ち殺すことを勧める。だが、それをされると困るので私が盾になるつもりだ。私を斃さないと、この男はワームホールの生成を続けんだが、君らはどうやって私を殺すんだ? もし、丘の上の民家でやったようなことをすれば、研究成果どころか、デジタル・データで管理してある全ての記録はお陀仏だな」
さらにゾンビは、黒い塊をオレ達に見せてきて言う。
「これがなんだか分かるか?」
光沢のある塊である。なんだろうとオレはその石を見つめた。
「小笠原の火山に落ちた隕石の
「おっと正解」とクロコだ。
「けっこう優秀だな」
その隕石がワームホールを生成し、その穴から
「もしも奥の手かなにかで私を斃せたとしても、そのせいでこの石が壊れたりしていいのか? 大切な研究材料なのだろう? しかも宇宙からやって来たものだ。失えば二度と手に入らないかも知れない貴重な品だぞ?」とゾンビは言った。
「だからって、勝手にワームホールを生成させる訳にはいかない」と一文字だ。
「矛盾だな。ワームホールの生成研究のために使っていた隕石の欠片を、ワームホールを生成させないために壊すというのは、変な話じゃないか。お前たちの言動には矛盾がウンザリするほど内包されている」
――矛盾……。
「お前たちは自分の都合のいいように物事を解釈しすぎじゃないか?」
――都合のいいように解釈……。
「放火は大罪だが、
――胸を張って……。
「言い忘れていた。もしかしたらお前たちは、ここにいるクロコは生きている人間しか操れないと思っているかも知れないが、こいつは相手が死んでいても操ることが出来る。だから、仮に私の回復を上回る攻撃で私を即死させたとしても、私の体を使って、自身とこの研究者を守る。そしてもうすぐワームホールは完成する。つまり、もう私たちの目的を阻むことは出来ないんだよ」
「それなら機械そのものを壊せばいいだろう」と一文字が、銃口を機械に向けた。
「無駄だ。それを想定して我々はすでに、特製のコンピューター・ウイルスをこの機械に入れてある。この機械が壊れた瞬間、データを全て破壊するウイルスが、この施設の機械すべてに感染する。それだけじゃない。オンラインで繋がっている全てのコンピューターにも感染する。そして外部に流出したウイルスには、直接感染させた時とは違い、保管している全てのデータをインターネット上に流出させるように仕組んである。特製ゆえに新種のウイルスだ。どれだけ優秀なウイルス対策の手段を取っていようが、新手のウイルスには対処できないだろう」
「そんなのはハッタリだ!」
「そう思うのなら攻撃してみろ。その瞬間、この施設のデータは無意味なコードに上書きされることで完全に失われ、日本の各省庁のコンピューター内のデータは、インターネットを介して世界中に晒される。国防に関するあらゆる国家機密も外交機密も、一般に知られては
「…………」
「早い話、この機械が故障を認識する前に完全に破壊すればいいんだ」
なにも出来ない一文字を
「万が一に備えて丈夫に作り、かつ予備電源までしっかり確保したのが裏目に出たな」
「クソッ!」と一文字がゾンビから目を逸らした。
今度は岬だ。
「研究員さん! 機械の操作をやめて下さい」と叫ぶのだが、研究員の男は操作を続けた。
「そうだ、研究員の君! 操作をやめるんだ!」
村松も続くが意味は無かった。
「無駄だよ。死にたくないから協力しているのに、殺されると分かっていて協力をやめる奴がいるはずがないだろう」とゾンビ。
「そうだ。オレ達は、自分の世界に戻れたらそれでいいだけで、こいつの命には興味がないんだ。ワームホールが出来たら、オレ達は自分たちの世界に帰ってさようなら。お前たちはすぐにワームホールを塞いで、はい……お終いで
「ええ。その通りです」
「死にたくないよな? 死ぬのは怖いよな? 死んだらなにも残らないからな。他人の記憶に残ったところで意味なんて無いよな?」
――他人の記憶に残っても意味が無い……。
クロコが研究員の
「仮にお前が死んだとしよう。お前と仲が好かった連中は悲しんでくれるかも知れない。だが、それだけだ。すぐに忘れて、時たま偶然に思い出してくれるかも知れないが、すぐにまた忘れる。同じように、お前に抱いていた好感も、お前の存在と同じように淡く薄れて消えてしまう」
――すぐに忘れる……。
――淡く薄れて消えてしまう……。
「万一、お前のお友達とかが、時たま思い出してくれたところで、それはお前じゃない。思い出されるのは美化された幻であって、お前の知るお前じゃないんだよ」
――思い出されるのは美化された幻。
「嫌だろう。お前は日本のために死んだとしても、誰もお前を英雄視なんてしない。ここは公安の機密施設だ。偉大な人物だったと持ち上げる訳にはいかないし、そもそもお前は最初に仲間を裏切った訳だがら持ち上げる理由も無いんだ。当然、みんなの心にも残らないし、残ったとしても裏切り者として……忌々しい仇役としてだ。お前は死んで、日本は助かって、はい終わり。オレらを元の世界を無事に戻せば、データの破壊も流出もなく日本も助かりお前も死なないのに、お前はいま変に虚栄心だの勇気だのを振り絞れば、お前は無駄死にだ。未来にある楽しいことも嬉しいことも、すべては永遠に無くなる」
――未来にある楽しいことも嬉しいことも、すべては永遠に無くなる……。
「生きて無職になるのと、死に花を咲かせず消えて無くなるのと、どっちがいいかなんて、考えるまでもないな。死んだら何もかもが終わりなんだから」
――死んだら何もかもが終わり……。
「今の自分にとって、未来の自分にとって、最もいい選択をするんだ」
そう言ってクロコの口許が研究員から離れて、両腕を前で組んでこちらを見た。
「研究員くん、あとどれくらいでワームホールは生成されるんだ?」とゾンビが訊いた。
「準備は完了しました。すぐに生成可能です」
研究員がそう答えると同時に、ゾンビは「生成しろ!」と命じた。
研究員がボタンを押す。
「やめるんだ!」と村松が叫ぶ。だが、もう遅い。
機械の、大きな皿で上下を挟まれているような空間に、大きく白い光の玉が発生した。
「これがワームホールになるんだよ」とゾンビが言う。
白い光の色が紫に変わったと思うと、光に向かって風が吹き始めた。光の色が濃くなるに連れて風が強まり激しさが増していく。
「さあ、案内しよう。我らの世界へ」
そう言ってもゾンビもクロコも光の中に飛び込んでいった。オレ達は身を低くしてその場で踏ん張った。
「みんな!
「研究員! 早くワームホールを塞ぐんだ!」
一文字が多分そう叫んだのだが、やはり風の音が強すぎて研究員には聞こえていないようだ。いや、仮に聞こえていたとしても機械に捕まって
オレの視界は暗黒に閉ざされた。
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