第6話

「うう…」


砂漠ちほー。

強い日差しを受けてキラキラと輝く砂の上にぺたんと座りこんだ私に、


ドバドバ


アインが遠慮なく頭の上からポーションをかける。


「全くこれで最後だぞ?」


空き瓶を後ろに投げ捨てて腕を組んだアインが呆れたように鼻を鳴らす。

地面につく直前に空き瓶はフッと消えた。


「ふええ…ごめんなさい…って私が悪いんですか!?」

「ああ、お前が弱いーーお前の運が悪いのが悪い!」

「理不尽っ!?」


ーたしかに、今日は運が悪いけど…


朝からずっと砂漠をうろうろしていて、日もすでにてっぺんを超えている。

その間、土竜が現れる気配はゼロ。

ほかのモンスターならいっぱい出会ったけど。

…しかも、そこそこ強いやつにばっかり。

その度に一人で戦わされて(ピンチになったらちゃんと助けてはくれるけど)、


「ん、補充しに一旦引き上げるか?」


ってな状況なわけだ。


「そうしていただけると嬉しー」


ーだってお前らまた私に戦わせるんだろ!?


「さあ、つぎ、行ってみよー!」

「リィルさん!?」


ーこの人ニコニコしながら結構鬼畜!?



「うう…」


どこまでも広がっていそうな、変わらない砂漠の景色に、前を行く二人の背中。

そしてその後をグダーっとしながら歩く私。


ーあれか?これがデシャヴとかいうやつか!?…いや、私の疲労感が違うんだけど!当社比2倍だよ!


あれからも何回も敵をやっつけて、そろそろ限界突破しそうだ。…いろんな意味で。


「ん〜、やっぱりなかなか遭遇は出来ないか…お前、やっぱステータス全部運に振れ」

「そんなステータスないですって〜」


そんなことをダラダラ話しながら歩く。

どうやら自然と二人の足も街の方へ向いて、もう直ぐ帰れそうだ。


「これなら明日も周回コースだな…」

「え〜〜っ!?疲れましたよ〜休みましょうよ〜」

「そんなこと言って、ほかのやつに取られたらどうすんんだ?それなりに強い冒険者なら他にも何人かー」

「休む〜〜〜!」

「全く…明日も土竜探ししたい人〜?はーい」


自分で言って自分で手をあげるアイン。


ーお前は子供かよ!?そもそも一人しかー


「はーい!」

「リィルさぁーーーん!?」

「よーし、じゃあ決まりだな〜」


振り向きもせずアインはそう言い放つ。

どうせ、にやりにやりのしたり顔なんだろうけど。


ーケッ、ドヤ顔で振り向いてんじゃねぇよ!

※振り向いてません。妄想です。


「ぐぬぬ…じゃあ、行きたくない人〜!?はーいはーい!!」


私は両手をあげると、


「ほら、これで2票です〜!いっしょ!いっしょ!ブラック企業は撲滅されろ〜!!」

「グオオオっ!!」

「ほら、この人も賛成してますよ!これで3票!私の…勝ち…で…」


ゆっくり振り返った私の後ろにいたのはー


「なっ!?」

「おっ!?」

「チッ!!」

「ガアッ!」


吠えた土竜が、前足を横に薙ぎ払う。


「避けろ!」


アインの声をかき消すような鋭い音とともに前足が迫ってー


ーあ、死んー


「えっ!?」


アインの声にとっさにしゃがんだ私の頭上をかすめていった。


「生きてー」

「リィル!」

「--なっ!?」


振り返った私が見たのは、かなり離れたところ、うずくまったままピクリとも動かないリィルさんだった。

さっきの一撃をもろに食らったのだろう。


「嘘…」

「バカっ!!」


耳元でアインの叫び声が聞こえて刹那、衝撃。

気づくと押し倒されて、いつになく真剣なアインの顔が直ぐそばにあった。


「敵の目の前で立ち尽くすやつがあるか!」


その後ろで、爬虫類特有の縦長の瞳孔の黄色い目がギョロリと動いてこちらを捉える。


「だって、リィルさんが…リィルさんが…」

「今はそんなこと--ぐっ!!」


まとめて踏み潰さんとする土竜の第三撃が少年の背中に命中する。が、


「グオオオッ!?」


悲鳴をあげたのは土竜の方だった。

後ずさるその足の先は綺麗に消失していた。

バランスを崩したのか、その体がガクンと一瞬下がるが、すぐに態勢を立て直す。


「今のうちに!」

「ひゃっ!?」


アインに手を引かれ、よろめきながら土竜から距離を取る。

さっきまでなんでもなかった砂が急に足にまとわりついて、重く感じた。


「くっ…リィルを早くどうにかしないと…このままじゃ死んじまう…」


再び直視したリィルさんの姿が、私に現実を突きつけた。

足元から絶望が這い上がってくる。


「無理だよぉ…こんなの勝てるわけ…」

「おい!」


突如アインに肩を揺すられた私は我に帰った。


「今さらそんなん言ったって何にもならんだろ!お前の実力はそんなものか!?今までお前が頑張ったのは何だったんだ!?」

「でも、でも…」

「チッ!」

「きゃっ!?」

「グオアッ!」


突き飛ばされて地面に尻餅をついだ私の前で、アインがクロスさせた腕で土竜の前足を受け止める。

再び消失する前足。


「ガアッ!」


吠える土竜。


「こっちだ!」


土竜の腹の下を駆け抜けるアイン。

その際殴りつけた腹の一部が消えるが、厚い鱗の前では大して効果はない。

しかし、注意を引きつけるのには十分だったようで、


「グラアアア!」


土竜がアインの方を振り向く。

その際、頭と入れ替えにこっちを向いた尻尾が私の頬をかすめたが、特に何も感じない。

あるのは自己嫌悪だけ。


仲間の一人は戦闘不能で瀕死。

もう一人は必死で戦っている。

なのに私は…ただ座り込んで眺めているだけ。


ー私も、戦わなくちゃ…


そう思うのに、体が動かない。


そんな私の目の前で、一人少年はー


「んぐっ!!」


集中砲火が少年を襲う。

それを一身に受ける少年。

その度に、土竜の前足が削れていくが、全く気にしていないようで、攻撃の手を緩めない。

それに、


「嘘…回復してる!?」


砂漠の砂がその手に吸い寄せられるように張り付いて、剥がれた時には、元通りの腕が再現されていた。


「何で!?避けて!」


彼に攻撃が当たらない事はわかっている。

それでも、目の前で仲間が殴られているのは見たくない。

叫んだ私に、


「やだね。」


絶え間ない攻撃の間隙。

そう呟いた少年と少女の視線が絡んでー


「俺は回避100%だ。敵の攻撃は全部回避してやる!でも!俺は逃げたりはしない!」

「…っ!?」

「ガアッ!!」


一瞬の静寂はすぐに土竜の慟哭にかき消された。が、


「ふふ…そうだよね…」


私は剣を抜くと立ち上がった。

今、私の目の前にあるのは、あの日、助けてくれた少年の背中。

そして、今まさに私たちを守ってくれている少年の姿。


ー避けないのは、ずっと自分に注意を引きつけて置くため。…そうでしょ?


「全く、ちっちゃいくせに偉そうなんだから…」


私たちは出会ってからまだそんなに立ってないし、お互いのこともよく知らない。

それでも、やっぱり仲間なんだと思う。

だってー


「オラッ!!」

「ギャオッ!!」


こうして私のことを守ってくれる。

それに、


「私も、戦うっ!!」


私だって守りたい!

私は剣を正面に構えると、


「今まで、散々しごいてくれたお礼は返さなくっちゃ、ね?」


そう呟いて、叫んだ。


「かかって来いやーーー!」


「…はあっ!?」

「…ギャアッ!?」


一瞬固まって、同時に振り向く一人と一匹。


「お、お前何言って…」

「アインはリィルさんを街に!」

「お前を残していけるわけー」

「私なら大丈夫です!…恐れながらアイン流剣術教室の一番弟子をさせてもらってますので。それに早さはアインの方が高いでしょ!」


リィルさんは土竜の向こう側。

それにあいつの意識は完全にこっちだから、アインなら無傷でたどり着けるはず。


「何てったって、私は勇気にガン振りしてる女ですからねぇ(これは嫌味だ)」

「理由になってねぇな!」


そういうアインの口元も、にやりとして、


「任せていいんだな?」

「任せなさい!」

「俺が帰ってくるまで、死ぬんじゃねえぞ!」

「もちろん!」


リィルさんを抱えて遠ざかるアインの背中を確認して、私は土竜に向き直る。

と同時に土竜の体から土がほどけて落ちた。

どうやら、攻撃してこないと思ったら回復していたようで。


「ずいぶん余裕こいてるじゃない…覚悟しなさいよ!」


ー私も、もう逃げない。


体が震えてるって?そんなの、武者震いに決まってるじゃない!(と思いたい。)




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る