帰ノ章

邪渇宮での作業を終え、千景は、エルタと天音が隠れている倉庫にすぐさま帰還した。


 二人は、倉庫の天井近くのはりに腰を掛け、足をぶらつかせながら、何やら話込んでいた。


 千景が、戻った姿を見た天音がすぐさま、千景の側に来て「お疲れ様です、御館様」と膝をついて出迎えた。


「時間が惜しい、エルタ、ゴルビスの屋敷はどこだ!」千景はエルタが、天井近くにいるので、少し大きな声を出して聞いた。


「ここから反対側の東の方にあります! 城の近くに屋敷がありますが、今ゴルビスは城の中の執務室にいると思いますけど」同じようにエルタも大声で返事をする。その様子を見て、千景は、天音に、梁の上からエルタを下ろしてくるように、指示を出して、下ろさせた。


「そうか、ありがとう、さっきエルタが言っていた、ゴルビスに少女を貢いでるという組織と黒い噂ってもっと詳しく知ってることがあったら教えてほしいのだが」


「『トライセラトリス』と呼ばれている組織なのですけど、宰相に反発していた、アルザック男爵が、色々調べていたことを聞いたのですが、年端もいかぬ少女の奴隷を、他の商人から奪い取ったりして、それをゴルビスの屋敷に運んでいると、そして運ばれた少女達はその後、出てくることはなかったということです」


「そうか、なるほど……」話を聞いてるだけで、大概の予想がつく、千景の心をどんよりと重くさせた。


「そのアルザック男爵というのは、まだ無事なのか? 政敵は殺されるとか言っていたが」


「まだ生きておられるとは思います、というのもアルザック男爵が、ゴルビスの屋敷に踏み込もうと計画している矢先に、東方にいる貴族の反乱の鎮圧ちんあつに向かうよう、ゴルビスから命令が出されたのです。ですから今アルザック男爵は、ここにはおらず、貴族の反乱を抑え込んでいます。ただ反乱を起こした貴族は、ゴルビス派で有名な方で……エンデラから戦力の供給を受けているとも聞いていますし……このままゴルビスが更に力を強めるようになれば、戻っては来られないかと」


「そうか、わかった」


「御館様、どうされますか?」


「ゴルビスの屋敷に忍び込んで、確認してくる『トライセラトリス』についてもう少し情報がほしいし、そこにいけばなにかしらあるだろ、天音は引き続きエルタを保護しつつ、この倉庫の周りの監視を続けてくれ」


「かしこまりました、御館様」


千景は二人の顔を見てから、倉庫の小窓から抜け出た。


 時間が惜しい、ゴルビスやエンデラの国の者たちに、ビマが戻ってこないことへの不信感を持たれる前に、事を進めなければならない、忍術『傀儡操針の術』が有効に作用することを知った今、千景の頭の中に、この国の騒動を収めるためのルートがいくつか出来上がりつつあった。


 ゴルビスに少女を貢いでいる組織という『トライセラトリス』とゴルビス自身の性癖せいへきを確かめておきたい、そこを絶てれば、ゴルビスが使える戦力は、一番初めに邪渇宮を包囲していた騎士団長を筆頭とした、一個小隊規模の兵士の一団、その他にいるとしても、ビマレベルの者を頼りにするとしたら、俺達の脅威きょういになりえる戦力などいないはず。


 千景は、屋根の上に飛び上がり、オレンジ色と赤色の屋根の群れを、飛び石を飛ぶように、軽快に飛んで走った。ゴルビスの屋敷がある東の方角を目指して。

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