虚ノ章

 千景ははやる気持ちを抑えながら、今一度ぐるりと辺り一帯に視線を走らせ、見張りの兵士達以外の存在がいないかを確認をしてから、遺跡の柱から飛び降り邪渇宮の中に音もなく入る。


 罠スキル『虚宮虚実きょきゅうきょじつ』に落ちた男は、自分自身に何が起こったのか理解できず、浮いた体で必死にもがき、自分の周りの空気を掻き分けていた。千景は一回、物は試しということで、ギルドマスターの罠罠わなわなが発動させた『虚宮虚実』にわざと突っ込んだことがあるが、入った途端、視覚情報が遮断しゃだんされ、目の前が真っ暗になり、足を下から思いっきり引っ張られ、お腹の辺りがヒュンと、ジェットコースターが頂点から坂を一気に降りるときのような感覚を味わわされたかとおもったら、そのままふわふわと宙に浮かんだ状態になった。


 暗闇の中で、そんな感覚を味わわされると、自分が今、上を向いているのか下を向いているのかさえわからなくなったことを覚えている。この男は自分とは違い、罠がそこにあると認識して突っ込んだわけではなく、いきなりその感覚を、味わうことになり、今、男の心は、恐怖で押しつぶされそうになっているはずだった。


 千景は静かに男の側まで近寄り、忍術『傀儡操針くぐつそうしんの術』を使い、首に突き刺すと相手を自由にコントロール出来る針を取り出し、浮いている男の首筋に突き立てた。男は針が刺されると同時に、今まで必死に動かしていた手足が、ピンで刺された標本の虫のようにピタリと動きが止まった。


「俺の質問に真実で答えろ」


「わかった」


「お前の名前は? エンデラから何人お前のようなやつが来ている? 構成とお前がその中でどのあたりの位置にいるか教えろ」


「名前はビマだ、エンデラから国王の護衛として城に十人で来ている、隊長がいて、俺は副隊長で二番目の強さを持つ、残りは八人、俺より弱い」


 千景はそれを聞いて、この世界でやっていける自信を、徐々に得ることが出来た。ゲーム内では忍術『傀儡操針の術』に会話を操作する効果はなかったが、針を刺されたキャラクターをコントロール出来るというところから、現実の肉体にその能力を行使こうしすれば、会話をコントロールして、正確な情報を引き出せることが可能ではないかという推測すいそくが、当たったからだ。千景は、一度自分が使える全部の忍術やスキルを、ゲーム内の設定で可能なことの延長で、実体をともなった場合の能力の拡張ともいうべき付属効果ふぞくこうかを、確認した方がいいなと思った。


 そもそも忍術『傀儡操針の術』はゲーム内で使うことなどほとんどなかった。高レベルのNPCやキャラクターには、耐性があって、効果が発動しなかったし、こんな近くに近寄って首筋にピンポイントで当てなければいけない忍術は使い勝手が悪かったからだ。ただそんな使い勝手の悪い忍術ですら、こちらの世界ではレベル差のおかげで有効に働くことを実感できた。


「質問を続ける、お前とゴルビスの間には、どんなやりとりがあった? ゴルビスへの報告はどのようにする?」


「ゴルビスからは、ここにエルタが逃げ込んでいるので、それを始末してほしいと頼まれた。それだけだ、報告にはゴルビスの部屋に直接行くことになっている、窓の外からこの『白夜びゃくや断罪者だんざいしゃ』のメンバーたる証あかしのナイフを出し、上向きに見せれば開けて中に入れてくれる」


もうすぐ罠スキル『虚宮虚実』の投獄時間とうごくじかんが切れる。残り三十秒


「わかったありがとう、そのナイフを渡せ」


ビマは言われた通り千景にナイフを後ろ手に渡した。


「さようなら」千景がそう言うと、ビマの足元に黒い穴が開き吸い込まれていった。

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