話ノ章

「御館様、大丈夫ですか?」天音が、千景の苛々した顔つきを見て、気を遣って声をかけた。


「大丈夫だ、問題ない……これは、交通事故にあったようなものだ、事故だ……」ただこんなことは、宝くじの一等を五回連続で当てるくらいの確率で起こりそうな事故だった。


「そ、そうですか、天音は、このような世界でも、御館様が必ずや苦難を乗り越えると信じております」エルタの顔をした天音が、千景の手を取り優しい言葉を掛けてくれた。


「そう言ってくれると嬉しいよ、この世界の救いは、天音だけだ、頼りにしてる」


「お、御館様……」天音は頬を染めて、下を向いた。


「なにか自分の写し身で、そのようなことをされると見ている此方こちらがむず痒くなりますね」


「すいません、エルタ様、御館様、つい……」


「い、いや、天音は全然悪くない、悪いのはルルカだ」その名前を口にすると、またエルタの中から出てくるような気がした。しゅうとに監視されている嫁の気分はこんなものかと、げんなりしながら考えていたが、今は、エルタの問題に集中しなければならない、そうだ、まだやらなければいけないことはたくさんある。ルルカが元に居た世界へ戻せるというのなら、他にも戻る方法はあるかもしれない、さっさとこちらのお家騒動を片付け、事態を落ち着かせる。


「エルタ、お前の代わりに妹のミレアが、ゴルビスと婚姻の儀を結ぶそうだ、そういえば『邪渇宮』にいるときにそう盗み聞いた」何気なく千景はエルタに言った。


「ミ、ミレアが! そう、生きていたの、よかった……でもミレアがゴルビスと婚姻の儀を結ぶってどういうことですか! 妹はまだ12ですよ! 早く助けにいかないと!」


「中世なんてそんなもんだろ、先に『邪渇宮』の様子を見にいかないといけな……」


「い、いつの時代の話をしているのですか千景様! ゴルビスには黒い噂があるんです! アヴァルシス王国の裏側を牛耳ぎゅうじっている組織が、ゴルビスの支援を受けて、年端もいかぬ少女達を搔き集め、ゴルビスに貢いでると噂が出てるんですよ! ミレアが無事でいられるわけがないじゃないですか!」


「わかった、わかったよ、そうかそんな噂が……ゴルビスの裏の顔……」それと裏側を牛耳っている組織とか、こっちの世界のギャングとかヤクザとか、何かそういうものだろうか、それも鬱陶うっとうしいな「ミレアとゴルビスがもし婚姻の儀を執り行ったとしたら、王位継承は、そのままミレアに?」


「そうですね、婚姻の儀をすませたら、すぐさまミレアに王位を継がせて、ゴルビスは、今まで以上に宰相として大きな力を行使することになるでしょう、ミレアが継いだとしても、私が継いだとしても、一生鳥籠の中で飼われるだけです。父を殺した下種げすな者の妃にならなければいけないなど……」エルタはそう言うと、悔しさに身を震わせていた。


「大丈夫ですエルタ様、御館様が必ずやお二方を、良きようにお取り計らいますので」と言って天音は、エルタの力の入った拳を両手で優しく包み、元気づけた。


「事情は大体わかった。だが先に『邪渇宮』に行って、ゴルビスが借り受けたエンデラの国の者を見に行く、かなりルルカの事で時間も取られたし、エルタが死んでいない事がゴルビスに伝わると後々やりづらい」


「わかりました」天音に手を握られていることで、エルタも落ち着きを取り戻したようだった。


「天音、エルタの事を頼む」


「かしこまりました、御館様」


千景は、二人を小麦の倉庫に置いて『邪渇宮』を目指した。

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