杖ノ章

「よくきたのお、別の世界の者よ」エルタの変色した半身側が千景を知っている風な感じで語りかけてきた。視点が定まらなかった黄色く変色した目が、千景の目を射抜くように見据みすえた。


「お前が俺をここに呼んだ邪神か?」すると、黄色い目の側の何者かは、大声で笑いだした。


「面白いことを言うのお、わらわが邪神かあ、そうか、そうか……別の世界から来た者よ、お前の誤解を解くためにも、初めにわらわの名を名乗っておこう、わらわの名は『ルルカ・テルミ・ノルミスト・アールシャール・ラフィーエ』わらわが生きていたころは、その名を聞けばみな平伏した、偉大な魔女の名前であった。そしてこの美しい髪の色にちなんで『南海の魔女』と呼ばれたりもしていたわ」その複雑な色をした青い髪を見せつけるように、一周くるりと回ってみせ、薄暗い倉庫の中でそこだけ、スポットライトが当てられたようにきらめいた。南の島の海岸を見ているような色合いの髪ということか。そして「エルタと同じラフィーエの名を持つものか」


「そうじゃ、この娘はわらわの可愛い子孫じゃ、わらわに比べたら大分地味じゃがな」


「その先祖様が一体何……」と千景が話ている時に「ルルカと呼べ、ル! ル! カ! 様を付けてうやうやしく丁寧に呼べや」と力強く割り込んできた。


 千景は、うんざりしたように溜息をついて「ルルカ様、一体何なのですか貴方様は」と棒読みで尋ねた。


「だから言ったであろう、偉大な魔女であったと、あいつが、わらわのかわいいエルタに悪さをしようとしたからのお、このエルタの中にある、わらわの血の因子いんしを使ってな。だからわらわが、エルタの中に入ってきたところを邪念ごと食ろうてやったわ、この娘はお前に助けられたと勘違いしておったがの」


「そ、そんなこと言われても、私の中の事なんてわかりませんよ! 意識も朦朧もうろうとしてましたし……」今度はエルタの側の方が話してきた。同じ人間が違うテンポと口調で話すのは見ていると疲れてくる。


「わらわの子孫なのに、情けなくなったものだのお、情けない情けない」


「そんなこと言われても! 私だって……」


「ごめん、エルタちょっと黙っててくれないか、話が混乱して前に進まない、ルルカ様、あの邪神のミイラが俺を呼んだことになにか関係があるのか?」


「違う、お前がミイラといっているものは、あんなのはただの残りカスみたいなものじゃ、お前は、大きな勘違いをしておる、お前と関係があるのは、あやつが、握っておった杖じゃ」


「杖?」よくよく思い出して見ると、手が八本あって、それのどれかに握られていたような気がしないでもなかった。


「そう杖じゃ、災厄を生み出す杖、こちらでは『黒渦くろうずの杖』と呼ばれておる。神の浅ましき黒い怨念おんねんが渦巻いている杖ということでな、その『黒渦の杖』は、破壊することが出来ず、封印されておる、しかし問題があってな、封印されてはいるのだが、世界に根を下ろしておるために、枝別れしてレプリカのようなものが出来るんじゃよ、あの『邪渇宮じゃかつきゅう』にあったものは、その『黒渦の杖』から枝分かれしたレプリカじゃ、わらわの子孫がレプリカさえ壊せず封印していたものなのじゃ」


「杖……俺がこちらの世界に来た時、叩き落したが、あれのことか? 地面に落ちたらすぐに消えたような」


「あの杖は、もう死んでおったよ、元々死に絶える寸前の杖じゃった。長い年月をかけて『邪渇宮』でその災厄さいやくのエネルギーを削ぎ落してきたからのお、そんなところにノコノコとエルタが行ったものじゃから、最後の悪あがきをしたんじゃよ」


「その悪あがきの巻き添えを食って、俺はここにいるということか?」


「まあそういうところじゃのー、死に際のレプリカの杖が助けを求めにいけるようなところはもう、お前が元居た世界しかないからのお、なんせ『黒渦の杖』は元々お前がいた世界から来たものだからな」


「俺の世界から来た? ゲーム内から?」


「ゲーム? なにかようわからんが、お前の世界から来たというても、お前は知るはずもないぞ、ここ最近の話ではなく、2000年以上前の話じゃぞ、あの杖がこちらの世界に来たのは、それでまあ、レプリカの杖がお前の世界に助けを呼びに行ったときに、わらわもその風景を一緒に見ておってな、お前が見えたんじゃ、お前は強い、だから杖が召喚しようとした対象をお前にずらしたんじゃ」


「それじゃあ、俺がこっちの世界に飛ばされたのは、完全なとばっちりっじゃないか! ルルカ様が俺をここに連れてきた張本人じゃないか! とんだ迷惑だ、ノブナガを倒して気持ちよく寝るプランがめちゃくちゃにされたのはそういうことだったのか……」


「わらわ達の世界の方が、あんな杖を送りこまれて大迷惑だわ! 人類滅亡の危機までなったこともあるというのだぞ! あの杖は、お前の世界から来たのだからお前の世界の者が処分するのが筋じゃろ、そうしたら元の世界に戻してやる」


逆切れだ……


「言いがかりだろそれ…… 俺自身はなにも関係ないじゃないか!」


「そんなこと言っても、もうお前はこの世界にいるんだから、戻るためには杖を壊さない限り戻れんぞ」


 言っていることはわかる、後は受け入れるかどうかだ、今の俺には選択肢など存在してはいない……俺はこの世界に居るが、元の世界に戻るすべを知らない、ルルカは知っている。


「わかった……こんな不毛な会話のキャッチボールを続けても、意味はない、そう、意味はない……どこにその杖はあるんだ」


「世界の果てじゃ、ここからはかなり遠くて、行きづらい所にある」


「本当にその杖壊したら元の世界に戻して貰えるんだろうな?」


「戻れる、なんせわらわの力が元にもどるからな」


「大体理解出来た、大昔に俺のいた世界から、こっちに来たという『黒渦の杖』が悪さをするから封印されていて、それを壊すためにルルカ様は俺を呼んだと、今までこの世界に住んでるやつが出来なかったのに、俺には出来る根拠はあるのか?」


「お前なら出来る、あの杖の本体は、こちらの世界の者と少しだけ次元がずれている、だから本体を直接攻撃できるお前みたいなものが必要だったのじゃよ、お前はしかも神をも殺す者だろう?」


「それはゲームの中の話であって……そういう称号も持っているけれども、そのゲーム内のキャラでここにいるわけだけれどもだ!」


「まっ他人ひとごとではないぞ、杖の封印はもうすぐ解ける、その時になったら杖は、お前の世界に戻って人類を滅ぼすかもしれないぞ? 杖を壊すのが遅いか早いかの違いだけよ」


 元居た世界というのが、ゲームの世界ではなく、現実の世界のことを指しているというのなら、個人的にゲームのキャラクターが実体化している、こっちの世界の方が、自分としては対応が効くが、しかしそんな2000年前から封印されている杖の封印がもうすぐ解けるとか疑わしいし、どんな杖かもわからないし、どうしたものか。


「御館様どうしますか?」話を聞いている最中ずっと刀を構えていた天音が声をかけてきた。


「どうするも何も……杖をどうにかするしか道はなさそうだし……」


「じれったい男じゃのお、まあいきなりこんなことを言われて、はいそうですか、と言えるたぐいのものではないということは、わらわにもわかる、本当の話かどうかも今のお前には確かめるすべはないだろうしのお、とりあえず今はエルタを助けてやれ、話はまたその後じゃ、色々これから忙しくなるじゃろうに、でわの」そう言いたいことを言いきるとエルタのルルカであった半身は元の状態に戻った。


「も、戻りました、変な感覚でした……今日はもう何が何やらさっぱりで、身の回りで起こることが理解を越えたものばかりです」とエルタが言うと、天音が「大変でしたね」と返した。


「あーもう……ルルカが乱入してきたせいで、何をしようとしてたのか飛んでしまった。エルタは、あんなのが体の中にいるって知らなかったのか?」


「『邪渇宮じゃかつきゅう』のこともそうなんですけれど、何分なにぶんとても古い話なので、神話の物語のような感じで、残ってるだけなんですよね、ルルカ様の名前の中にあったアールシャールっていう部分と『南海の魔女』って言われていたこともそうですけど、神話の中じゃ、国を滅ぼして歩いた邪悪な魔女っていう話で残ってるんですよね、ただどこかの国の王子と出会った後、恋に落ちて姿を消したとか」


「なんか胡散臭うさんくさいことこの上ないな」


「なんじゃとお! わらわが戻ったからって聞いてないわけじゃないないからの!」ルルカがまたエルタの半身を乗っ取って出てきた。


「そりゃわらわにも荒れてた時期はあった、それは否定しない、ただ2000年以上前の話じゃぞ」


「魔女の反抗期かよ……」


「わらわは、あやつに会ってから、変わったんじゃ、アヴァルシスに会ってからな」


「この国の名前だなそれ」


「わらわとアヴァルシスの子供が、この国を作ったんじゃからな『黒渦の杖』を封印しているのはわらわの半身とアヴァルシスじゃ、わらわ達は、杖の災厄を防いでいるのだから大昔の悪行なんてそれでチャラじゃチャラ、じゃあの」ルルカは言いたいことだけ言って、また戻って行った。

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