変ノ章

「お呼びですか、御館様おやかたさま天音あまねひざまづきながら千景を見上げる。


「天音、この娘に変化してくれ、それとこの娘を適当に変装させてくれ」


「かしこまりました御館様、ではすぐに、それで、その方はどなたなのですか? 天音が知らない方のようですが」


「エルタっていうんだけど……」配下NPCが疑問形で話しかけてきたのはおかしい。『倭国神奏戦果』の配下NPCの設定にそんな機能はない、ゲーム内NPCなのだからメインサーバーとデータが共有され、自動的に必要なデータは送られてくるので、そんな疑問形で答える言語設定を組む必要がそもそもない。


 座ってこちらを不思議そうな目で見ている天音に歩み寄り、肩を触ってみた。やっぱり……『鉄壁スキン』で覆われていない、人間の肉を触っている感触。そのまま手首を握って脈を調べると、エルタの時と同様に脈を感じることが出来た。ここにいるのは、間違いなく、人間としての天音であった。突然の千景の行動に、天音は狼狽うろたえ、頬を赤くした。


「お、御館様、エルタ様も見てらっしゃいますし……」


「すごい綺麗な方ですね、千景様と同じで異国の顔立ちをしておりますね、というかどちらからいらしゃったのですか……?」お世辞ではなく心からエルタはそう言った。


「俺が呼んだんだ、エルタが俺を呼んだのと似たようなものだよ」


「そ、そうですか」千景と天音の顔を交互に見て、不思議そうな顔をしている。そんなエルタの真正面に天音は立ち、すぐに忍術『写見変化しゃけんへんげの術』を唱えエルタに変化した。「ええっ」とエルタの大きな碧眼へきがんの目がさらに広がった。続けて忍術『変装七法へんそうしっぽうの術』と唱えると、エルタはどこからどう見ても、田植えが似合うほっかむりを被った日本の村娘になった。


「あ、天音さん流石にそれはちょっと……」天音のミスで動揺してしまったことと、生身の人間だと知った途端、自然と敬語になってしまう。ただそんなことは言っていられなかったので千景は「それはここでは不自然すぎる、というかゲーム内でもそれは不自然なのになんでそうなった」


「す、すいません、御館様、いつもと勝手が違うもので……」データが送られてこなくなった分なのか人間の姿になった分なのかわからないが、戸惑とまどっているのは伝わってきた。


「ちょっと千里眼で、えーと、あっちだ、あっちの大通りの方を見て見ろ」人が多く行きかっていた大通りの方向を指差すと「な、なるほど、私が初めて見る、服装ばかりですね」


「エルタと同じような背格好せかっこうの女の子の服装の色違いにしてやれ、色は茶色とかの目立たない色で、顔もそれっぽく整えてくれ」


「かしこまりました」忍術『変装七法の術』白い下地に茶色のローブを肩から被せ、鎖骨が見えるくらいに首回りが開いた服装になった。こんなもんか、服装は大通りを歩いていても不自然ではなくなったし、顔も金髪から赤茶けた色に、色白だった肌は、日に焼けた健康的な色へとエルタの様相は変化した。天音が鏡を出し、エルタに顔を見せ「どうですか?」とたずねると「おー」と感嘆かんたんの言葉しか出ず、さっきからエルタは、関心しっぱなしのようであった。


 これを見ると天音の対応力は十分なように見えたが、ゲーム内とこの世界の誤差が致命的なミスにならないように気を付けなければいけないと千景は思った。


 その時天音が急に「御館様!」と大声を張り上げ千景をかばう様に立ち、エルタの姿のまま刀を抜き、身構えた。何事かと思ったら、エルタの半身がおかしくなっている。片方の目が、ぎょろぎょろと上下左右に動き、視点が定まらず、碧眼だった目の色が黄色く、不思議な色に変わり、髪の色も黄色く変色した目の側だけ、青と銀と金と白が複雑に混ざり合った色合いに変化した。


「うるさいのお」エルタの口から声が出ているが、エルタの声色ではない、エルタも混乱して「えっえっえっ」と黄色い目をした側を触っている。どうやらエルタの意思とは無関係のようだ。


 そこにいるのは、半分はエルタで、半分は違う者。すぐに切るべきか切らざるべきか、切るのならばエルタが死ぬ事を覚悟しなければいけない。千景も刀を抜いた。

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