第42話

「とっさに判断したか。流石王室魔導士だ」


 サルガルタが称賛を浴びせるが、既にエミリー先生にその声は届いていないだろう。


「何をした?」


「なに、魔力の壁ディス・マギアを展開させて圧縮したまでだ」


 ……なるほど。魔力の持つ者を絶対に通さない壁で俺たちを囲み、それを縮めたのならば、行き着く先は圧死というわけだ。エミリー先生はそれを見破り咄嗟に結界フラグを展開。ダメージを疲労へと還元した結果気を失った、という事だろう。


「もっとも、言葉にすれば簡単だが術者も相応の負担がかかるらしい」


 サルガルタがつまらなさそうに言うと、壁を形成したと思われる指先四人は次々と血を吐き倒れ伏した。フラミィによれば魔力の壁ディス・マギアを発動するには優秀な魔導士が何十人も束にならなければならないという。


 しかし今回はそれを四人で行い、さらには一度張れば張りっぱなしですむにも拘わらず、圧縮という形状変化まで行ったとなれば相当な負担がかかったに違いない。


「まぁそれはいい。問題は君だシラヌイ。追手が来るのは想定済みだったが、魔力が無い者、しかも西洋人相手に引けを取らない実力を持った者がそこに混じっているのは予想外だった」


 サルガルタからはそれなりの評価を得ているようだが、まったく嬉しくない。


「ただまぁ予想外というのは時に利となる。その最たる例がマドマンだ。少し新人戦で泳がせてみればまさか神子を復元してくれるとは」


 道理で新人戦の時なんのお知らせも来なかったわけだ。ただ、マドマンとサルガルタがつながっていなくてよかった。あの二人が組めば今度こそ完全に太刀打ちできなくなるところだっただろう。


「まぁそれはいい。百の実力を持つ者が一人いたとして、百の実力を持つ者複数が相手ならば同じ事か」


 ふっとサルガルタが笑みを浮かべると、影の指先が動き出す。先ほど二人と四人が倒れ、残る指先は三。サルガルタを加えれば敵は四となる。しかも全員実力者となればこちらが圧倒的不利なのは瞭然。けどそれでもやるしかない。


 俺は不如帰を構える。

 大して指先は俺を囲むように移動すると、先んじて飛び出してきたのは、先ほど襲い掛かってきた殺気の主らしかった。


 大きめの図体のくせに素早い。時を置かずに間を詰められると、西洋剣の斬撃が襲い来る。咄嗟に不如帰で受けると、手にはしびれ。だが間を置くことなく第二撃の刺突。かろうじて流すも、不如帰が火花を散らしながら悲鳴を上げる。


 追撃に備え、俺は一度大きく飛翔。だが、背後から竜のようにうねる水が押し寄せていた。瞬く間に全身が囚われると、水が身体の内部に流れ込んでくる。息ができなくなり、吐き出されるのは泡沫。このままだと死ぬ。本能が警鐘を鳴らすと、肉体がそれに応じたか、不如帰を引き絞っていた。一気に解き放つと、水が飛散。何とか抜けだすことに成功した。


「ゲホッ、ゲホ……ッ」


 着地すると、無理矢理詰め込まれた水を身体が排除しようとする。

 だが敵はそれを待ってはくれない。横から迫りくる稲妻。神速で大地を這うそれに、今の俺が避けられるはずもなかった。全身に針で穴を穿たれたような、痛烈な痛みが襲い来る。


「クロヤ!」


 ヒイラギが叫ぶ。そのおかげか、倒れそうになった体をなんとか立て直すことができた。

 やはり影の指先と呼ばれるだけあって強い。魔法相手でも分が悪いというのに【シャドウ】が相手でしかもその上位の人間複数が相手なのだから当然と言えば当然だ。ただ、ここで諦めるのは早計というもの。


 不如帰を握り直すと、剣使いが大きめの図体を軽々と足で運び、突如飛翔。術式が展開されると、上空から火弾が降り注ぐ。剣が主体らしいが当然魔法も使えるらしい。


 俺は火の雨を刃で散らすと、最後に剣使いが降ってきた。重力の勢いも合わせた斬撃をなんとか流すと、剣使いの刃は地面を砕く。凄まじい重さだった。これを真正面から受けようものならこちらの剣が持たなかっただろう。


 だが僅かな隙は作った。俺は左足を軸に反転、不如帰を男の背中へと叩き込む。だが剣使いは超反応。素早く刃を挟み込むと、俺の斬撃を受けた。


 反響するのは金属音。さらに横からは気配。

 俺は見ずに跳ねると、眼下に一筋の光が閃く。雷魔法か。あのまま大地にいれば雷の餌食だった。


 だが休む間など無い。すぐ横へと視線を逸らせば、水が迫っていた。すかさず不如帰を絞り、うち放つ。俺の元へ到達する寸前に水は霧散した。


 着地すると、俺は追撃を許すまいと疾駆。水使いと思われる人間へと接近した。間合いに入ると、袈裟に斬り上げる。だが僅かに外套を裂いただけで躱されてしまった。反応速度も並み以上らしい。


 追撃に刺突を加えようとすると、横からの殺気。見れば、すぐ傍には剣使い。よほど早く来たのか、外套が取れていた。その姿は見知った顔。だがその表情はかつて見せていた快活な笑顔は見る影もなく、凍てついた無表情だった。


「マックス、先生――」


 名が口をつくと、鳩尾に凄まじい衝撃が走る。体が吹き飛ばされると、無様に地面に転がされた。


 すかさず立ち上がると、突然心臓が大きく跳ねた。

 何事かと思ったときには、全身の力が抜け、地面に膝をついてしまった。この感覚、俺はかつて経験した事がある。剣術演習の時、フォートにやられた魔法、弱体化デバフ。だがあんなものとは比にならないくらい力が入らない。不如帰を手放さないので精いっぱいだ。


 ……でも、こんなところで折れるわけにはいかない。こればっかしは譲ることができない。俺は今度こそヒイラギを守るためにここにいるのだ。

 だから立ち上がろう。それ以外の選択肢は無い。


 膝が笑う。何がおかしい、立ち上がるだけだろうがと叱咤する。ゆっくりと、それでも確実に膝は伸びてくれた。


 だが同時、目の前から迫るのは火の塊。今の状態では土台吹き飛ばすのは無理だった。全身が灼熱に覆われ、焦げ付いた異臭が鼻を衝く。わずかに頬を撫でた微風が激痛を呼ぶが気にしない。俺は倒れるわけにはいかない。


 ふと、閃光が弾けた。光速襲い掛かった稲妻は、内側から何百個何千個のトゲに刺されたような痛み呼び起こす。けどまだ寝るわけにはいかない。


「もういいよ! やめて!」


 ふと、ヒイラギの叫び声が耳に届く。

 同時に目の前に青の光が視界を覆いつくし、何も見えなくなった――

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