第41話

「しかしレラン、まさか君が裏切るとは思いもよらなかった。かつて王家により多くの物を奪われたセルウィル家の次期当主とあろう者が何故王家の犬へとなり下がった?」


 恐らく、かつて王家の子供と一悶着あった時、セルウィル家が責任を問われたというあの出来事の事だろう。


「ふん、お前には関係の無い事だよ」

「いや聞くまでも無かったか。甘い蜜でも吸わされたのだろう? まったく愚か者だ」


 サルガルタが小馬鹿にするように吐き捨てるが、レランはそれ以上何も言わない。


「しかしクロヤ・シラヌイ。何故君はその裏切り者の隣にいる。あの時の事は私から話したはずだが? それとも知らないのか?」


 サルガルタの言う通り、俺の隣にいるレランはヒイラギを傷つけた張本人、つまり仇だ。そんな相手と一緒にいるなんて確かにどうかしてる。


「知った上でここにいる。と言っても、許したわけじゃない。けどそこにヒイラギがいる以上、少なくとも今の敵はあんただ」


 言うと、サルガルタが俺の目を捉える。


「ならば私と共に来い。シラヌイ」

「……なんだと?」


 唐突な申し出に、懐疑の目を向けざるを得ない。


「前にも言った通り、私は君の実力を買っている。それに今君は神子がこちらにいるから私を敵だと言った。ならば君がこちら側に付けばすぐに済む話だろう?」


 確かに理にかなってはいるが、忘れてはいけない。サルガルタは成人の儀を強行しようとしている。この申し出を受ける事はつまり、俺自らヒイラギに手をかけるようなものだ。そんな事は断じてあってはならない。


「断る」

「何故断る?」

「あんたはあんたの勝手な思想のためにヒイラギを殺そうとしている。そんな奴の誘いになんて乗るわけが無いだろ」

「殺す? 何を言っているシラヌイ。私は神子を保護はすれど殺す意思はない」

「抜かせ。あんたが今から弥国に行って行おうとしてる成人の儀は、然るべき時に行わなければ神子の寿命を著しく縮める。そんなものは殺しと同義だ」


 言い切ると、サルガルタはため息を吐く。


「そんな迷信を信じているのか君は。私もそれについては調べたが、まるで証拠と言える証拠が無い曖昧なものだった」

「でも迷信だという証拠も無いだろ?」

「……それが君の答えというのか。愚か者め」

「愚かなのはどっちかなー?」


 ふと、ここまで黙っていたエミリー先生が口を開いた。

 同時、鞭のしなるような音が耳朶を打つと、サルガルタの傍に紅の奔流が迸る。傍にいたヒイラギが目を伏せると、押さえていた二人が地面へと倒れ伏す。


「あちゃー、思ったよりみんな魔法反射リフレク早いなー」


 エミリー先生が呑気に言うが、奔流の正体は血だった。


「今、何を?」


一瞬の出来事に思考が追いつかず尋ねると、エミリー先生よりも先にサルガルタが口を開いた。


「悟られないよう地中に術式を展開、視認できない不可視の刃風で首元を直接狙ってくるとはな。君が【シャドウ】のメンバーなら間違いなく指先入りだ」

「いやいやー、下請け組織とは言え組織の長にそう言われるのは光栄光栄」

「減らず口を叩きおって」

「それはどっちかなー?」


 エミリー先生が不敵な笑みを浮かべると、空中に無数の術式が展開される。

 だが、相手に動じた様子は微塵もなく、サルガルタは手下に何やら言っているようだった。


「おいエミリー。まさか全員殺すつもりじゃないだろうね?」

「だいじょーぶ。座標は全部サルガルタだから」

レランの懸念を拭い去ると、エミリー先生が詠唱する。


多重風穿槍アイネ・ハルバーン!」


 転瞬、息ができない程凄まじい颶風が巻き起こる。

 すぐに風圧は消失するが、凄まじい威力だった。未だ砂塵が吹き荒れ何も見えない。本当にサルガルタを狙った一撃なのか不安だったが、エミリー先生がああ言っているのなら信じるしかない。


 少しして、塵が収束すると、おぼろげに視界が晴れる。

 どうなっているのか前に目を向けると、そこには予想外の光景が広がっていた。


「ちょーっと想定外かなー……」


 エミリー先生が苦虫を噛み潰すと、目の前には一切傷を負っていないサルガルタ達の姿があった。


「あれを防げるとしたら魔力の壁ディス・マギアってところかい?」


 魔力の壁ディス・マギア、教頭が魔の森で張っていた、全ての魔力を通さなくするという魔法。


「正解だ。もっとも、たった四人で発動しては持続もできんがな」


 ただ、とサルガルタが付け加えると、眼鏡が不気味に光る。


「こういう使い方はできる」


 その言葉が号令だったのか、指先の四人が俺達を囲うように移動する。

 即座にレランが稲妻を一人に放つが、既に遅かった。稲妻は到達せずに飛散する。恐らく俺達の周りに魔力の壁を張ったのだろう。確かあれは内からの魔力も通さないはずだ。


「あたしたちを閉じ込めようってのかい?」


 レランが問うと、サルガルタが口端を吊り上げる。


「それはどうかな」

「まさかっ……!」


 サルガルタの様子に何かを察したのか、エミリー先生が焦燥を露わに声を張る。


結界召喚フラグ=テドア!」


 エミリー先生が唱えると、燈色の半球がかろうじて俺たちを包む。だが、すぐに消え去ると、エミリー先生とレランが地面に倒れ伏した。

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