第40話
船はどこに隠しているのか、上空からは何も見えなかった。海に面した大きな石レンガのドックと思しき倉庫は立ち並んでいたが、そこのどこかに隠してあるのだろうか。
俺達はその倉庫群に挟まれた広場に着地すると、潮風が頬を撫でた。磯の香りが鼻を通り抜けていく。既に廃港となっているこの場には人影が見当たらない。見渡せば建築物の一部は朽ち、石畳はところどころ砂で覆われ、閑散とした場所だった。
「やー、やっぱり空の旅は楽しいねぇ~」
景色を眺めていると、実に良い笑顔でエミリー先生が言う。
だが俺としては嫌な浮遊感が続いたものだから今の気分は正直あまり良くない。
「流石、
「ふわーって感じかな~?」
「聞いたあたしが馬鹿だったよ」
レランも生身で飛ぶことに慣れてないのか、どこか疲れた様子だ。
「それよりほら、周り見てみて」
わずかに目つきが鋭く変わったエミリー先生。再び周りに目を向ければ、灰の外套に身を包んだ人間達がぞくぞくと姿を現した。二十人近くはいそうだ。恐らく【シャドウ】の人間なのだろう。まぁ上空から隠れもせずメールタットに降りたのだから、見つかるのは当然と言えば当然か。
「おいエミリー。もっと賢い降り方は無かったのかい?」
「まぁどうせコソコソ行っても見つかるだろうから、たぶん同じだったんじゃないかな~」
言って、エミリー先生の手には円状の刃が握られる。
「ま、それもそうか」
レランもまた西洋剣を顕現させると、俺も倣って抜刀。それぞれが背中を合わせる。
特に合わせるわけでもなかったが、俺が踏み込むと同時、各々が散るのを感じた。
「
詠唱と共に、目前の敵が術式を顕現。俺は一足で間を詰め、魔法の発動前に斬り伏せる。そのまま流れに乗じようと再度踏み込むが、視界には発動寸前の術式。本能のまま身をずらすと、炎の奔流が脇を抜ける。俺は避けた勢いのまま回転、跳躍。距離を詰め、袈裟に不如帰を斬り下ろすと、二人目も地面に伏した。
しかし休む間もなく、視界の端には雷光。これを身で躱すのは不可能か。俺は即座に判断し、不如帰を石畳に突き立て飛翔。眼下で不如帰が稲妻を引き寄せているのを確認すると、回転をつけ術者のこめかみに蹴りをお見舞いする。
ふと、突風が髪を乱した。見てみると、一人の人影を中心に、複数の人間が宙を舞っている。しかしそれでも何人かは討ち損じたのだろう。灰の外套が人影に襲い掛かるが、華麗な円月輪捌きで全て凌いでいく。
エミリー先生だった。王室魔導士の名は伊達じゃないらしい。
感心していると、刹那で景色が真っ白に染まった。遅れて、紙を引き裂くような音が耳を貫く。
見ればレランの周りでは数名、灰の外套を焦がした人間が倒れ伏していた。二人とも容赦がない。
もはや畏怖すら覚えるが、俺だって負けるわけにはいかない。敗北してから修行を積み、学院では実戦を経験した。そのおかげなのか、脅威的だった西洋人相手でも、今じゃ落ち着いて戦えている。もっとも、あの時とは違い、こちら側にも西洋人はいるのだが。
ふと視界の端で術式がちらついた。俺は持ってきていた短剣を投擲。当たりはしなかったようだが、不如帰を拾いに行くには十分な時間を稼げた。
気を引き締め一足で間合いを詰めると、魔法を放たれる前に斬り捨てる。
しかしそれと同時だった。後方からは神速で迫りくる殺気。振り抜くと、火花と共に甲高い音が散った。高速の剣技か。
殺気の主は空中で回転。距離を開き、手前の倉庫辺りへと着地すると、その場所へ歩いてい来る複数の人影があった。ほとんどが灰の外套に身を包んでいたが、その中には見知った人間の姿が二つ視認できる。白と赤の巫女装束に身を包んだ俺の守るべき相手、ヒイラギと、反逆者にして俺たちの標的である学院長……サルガルタだった。
「クロヤ!」
ヒイラギが俺に気付き叫ぶと、乗り出し気味な身体を傍の二人に抑えられる。
「ヒイラギ……!」
気付けば走っていた。だが、少し先の地面には魔法術式。急停止し、後方へ跳ねると前方の術式から火柱が吹き出ている。
だがまだ終わりではなかった。いつの間に発動したのか、火柱を破った別の炎が目前まで肉薄。即座に身体をひねると、熱風が肌を焼いた。紙一重で躱したが、あと半瞬遅れていたら炎によって失明していたかもしれない。
崩れる体幹を強引に立て直し、飛翔。とりあえず距離を開けたかったが愚策だった。こちらに向かって複数の術式が俺を補足している。大地から襲い来る複数の魔法はとてもじゃないが避けきれるものでは無い。空中では大きな風圧は起こせないかもしれないが、少しでもダメージを軽減するため、不如帰を引き絞る。
それとほぼ同時だった。俺の視界を二人の人影が遮る。レランとエミリー先生だった。こちらに飛んできていた魑魅魍魎の魔法は二人の目の前で弾け、飛散する。
「助かりました」
着地し、礼を言うとエミリー先生がこちらに笑みを向ける。しかし二人の
「やれやれ、【影の指先】が相手じゃあさっきのようには行かないね」
「影の指先?」
「シャドウにも階級があってね、その中でも優秀な十名が影の指先と呼ばれる。あたしもその一人だった」
なるほど。道理でレランは強いわけだ。
「騒がしいから来てみればどこぞの裏切り者と教員とその生徒が暴れていたとはな。いや教員では無いな。さしずめ王室魔導士と言ったところか。まったく、あの国王も飛んだ犬を忍び込ませてくれたものだ。大まか、監獄島でも犬に噛まれでもしたのだろう。そうでなければこの裏切り者はここに立ってはいられまい」
サルガルタが前に出て語り掛けてくる。全てをひれ伏させるような威厳は学院で感じた時とそのまま。それどころかさらに迫力が増しているような気がするのは状況がひっ迫しているせいか。
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