第37話

「着いたよ」


 俺を下ろしたレランの視線の先では、石柱が傾き、石の瓦礫が散らばっていた。

 何かの遺跡なのだろうか。分からないがレランが進んでいくので後に続く。

 少し歩くと、魔法術式の書かれているの円形の石畳の前でレランが止まり、虚空に手をかざす。


術式起動アクティベート


 唱えると、魔法術式は光を帯びた。

 同時に金属が裂けるような音と共に虚空に裂け目ができる。やるなら今か。


「よし、ここに入れば……」


 レランの声を遮り、金属音が弾ける。

 しっかりと首を狙った一撃だったが、超反応で滑り込んできた西洋剣によって止められていた。


「何がしたいんだい?」

「見ればわかるだろ?」


 答えると、西洋剣を弾き、再び斬撃。だが止められるも、一合、二合と打ち合った末に、俺は一度間合いを開く。


「あたしはそんな事を聞いたんじゃないよ」

「だったら何を聞いたって言うんだ?」


 聞き返すと、レランが凍てついた視線を向けてくる。


「言い方を変えるよ。お前が剣を振るう理由はなんだい?」


 剣を振るう理由? そんなの決まってる。


「ヒイラギを……神子を守るためだ」


 はっきり言ってやるが、レランは見せつけるかのようにため息を吐く。その所作は少なからず俺から冷静さを奪う。


「それがお前の答えかい? だとすればそれは……」


 区切ると、鋭利な視線がこちらに向けられる。同時にここまで潜んでいたあの時と同じような殺気が、全身を刺す。


「偽りだよ」


 冷淡で静かな一言だったが、確かに聞こえた。俺を正面から嘲笑う女の声が。


「偽り……? 偽りだと? 戯言を。俺は神子の剣であり盾だッ!」


 一足で踏み込み、間合いを詰める。狙うは奴の首。高速で不如帰を振るうも、受け止められる。


「戯言を行っているのはお前の方だろう?」

「黙れッ!」


 攻撃の手はやめない。一歩跳ねると、再度詰め不如帰を打ち込むが、レランは回避。それでも俺はただがむしゃらに剣を振るう。


「あんたに俺の何が分かる! 大切な人を傷つけられたこの気持ちがッ!」


 崩れる体幹を強引に修正。刃を叩き込むが、流された。


「確かにあたしは神子を斬った。憎いのは分かる。お前が神子のために復讐しようっていうなら甘んじて受け入れるつもりだよ」


 聞こえない、仇の声など。無駄な思考は体幹を乱す。


「でも違うだろう?」


 語り掛けるように、レランが俺の領域へと剣を滑り込ませる。


「お前は神子のために行動してるわけじゃないよ」

「違う……ッ!」


 すかさず不如帰を挟み込み、防ぐ。重い斬撃に腕がしびれるのを感じるが、気にしている余裕は無い。


「俺はヒイラギのために在り続けた。そしてこれからもそうだッ!」


 守勢から攻勢に打って出るため、後方に跳ねる。


「だったら何故ここであたしに刃を向けるという選択をしたんだい? お前にはやるべき事があるだろう!」


 瞬間的に、間合いが開くが、刹那で詰められた。鋭い斬撃が強襲し、不如帰が甲高い悲鳴を上げる。


「それはッ……、あんたが、ヒイラギを手をかけるかもしれないだろッ!」


 こちらをねじ伏せんとする剣をなんとか退ける。俺は攻勢に打って出ようと刃を翻し、放った。


「ならこの剣に誓おうじゃないか。今後一切神子の事を手にかけたりしないと!」


 素早い斬り返しに体幹が乱れ、崩れそうになる。


「信用できるわけがっ、無いだろ!」


 なんとか立て直し不如帰を差し込むが、斬撃は空を切る。


「だとしてもあたしを倒したところで何になるんだい? 後ろにはカーライルもいる。勿論他にも同じ組織の連中はいるよ。それを全部相手取ろうっていうのかい?」

「当たり前だ! 神子に仇名すものは全て討ち取るッ!」

「無理だねッ」

「無理でも神子のためにならやるッ!」


 袈裟懸けの一撃を放つが、レランは身体を逸らし回避。それでも体幹を崩すことなく、反撃の刺突を浴びせてきた。

 紙一重で躱すも、頬に一筋の熱が走る。


「なら聞かせてもらうよ」


 レランが剣を引いた転瞬、痛烈な回し蹴りが脇腹に強襲。不如帰を挟み衝撃を和らげるが、体制を崩すには十分すぎる一撃。


「神子は一度でもお前に仇を討ってくれと頼んだのかい?」


 決定打だった。差し込まれた斬撃に不如帰が弾き飛ばされる。

 胸倉を掴まれると地面に張り倒された。鋭い西洋剣の切っ先がこめかみを狙う。


「どうなんだい? 答えてみな」

「それ、は……」


 レランの問いかけに、真っ先によぎるのはヒイラギの悲し気な眼差しだった。

 俺は守徒家として生まれ、神子を守る使命を生まれながらに運命づけられた。ただそれは、逆に言ってしまえば何も考えず、ただ与えられた役割をこなせさえすればいいとも言える。故に神子守る、ただそれだけの役割をこなそうと俺は過ごしてきた。


 だが、あの日を境にそうはいかなくなった。何せ俺は守るべき神子を失ったのだから。勿論ヒイラギは俺の心の中で生きていた。でもそれは何とも曖昧な状態で、いつ消えてもおかしくはない。それは俺にとって人生の目的を失うのと同義だった。元々それしか心に無かった俺にはただ虚無のみが残り、瓦解していく自我を縫いつけるように復讐という道を選んだ。怖かったんだ。自分は何者であるのか分からなくなるあの感覚が。


 俺はヒイラギのためだと言いつつ、結局は全て自分のためだった。実際、ヒイラギも俺の復讐に対して気遣う事はあれど肯定した事は無かった。薄々気づいてはいた。だけどそれでもやめなかったのは、あの虚無が俺にとって何よりも恐怖だったからに他ならない。


「あんたの、言う通りだ」


 吐き出すように言葉を放つと、全身の力が抜けていく。


「俺は神子のためと言いながら、その実自分の事しか考えてなかった。情けない事この上ないな……」


 いざ言葉にしてみると、どうしても自分が嫌になった。ただそれは事実である以上受け入れる必要がある。


 目の前には未だ鋭利な切っ先がこちらに向けられている。俺はここでどうやら死ぬらしい。


「何最期みたいな顔してるんだい?」


 ふと、レランが言葉を漏らすと続ける。


「まずは質問に答えな」


 忠告すると、レランは静かに言い放つ。


「お前は神子の何だい?」

「俺は……神子の……ヒイラギの……」


 剣であり盾だ。でも何故だろう、今度こそ本当の気持ちでそう思うが、何かが違うのだ。名状しがたい、確かに剣であり盾であるのは間違いない。ただ何かもっと適切な言葉があるような気がするのだ。改めてヒイラギの事を思い出してみるとなんというか、胸が暖かくなるようなそんな感じがする。そして俺はこの感覚をつい最近にも経験したような気が……。


「……友達」


 口についた言葉がそれだった。

 レランも予想していなかったのか一瞬虚を突かれたような顔をすると、放たれていた殺意が嘘のように鎮められる。


「ふふ……アハハハ。こりゃ参ったね。なるほど、そいつぁ最高だよ」


 俺から手を放し西洋剣を収めると、いかにもおかしそうに目を覆っている。


「何がおかしい……」


 なんとなく腹が立ったので言ってみるが、よくよく考えればおかしいのは俺の方だ。あのタイミングで何故あの言葉が出たのか。ただあの時、ヒイラギと一緒にいた時を思い出してみると、何故かそこにエクレやフラミィと一緒にいたのだ。


「いやいや。でもなるほど。もしかしたらあたしはほんの少しだけ勘違いしていたのかもしれないねぇ」

「勘違い……?」

「そいつは自分で考えな。ヒントをあげるとするなら愛ってやつかねぇ」

「何を言ってるんだ?」

「さてどうだろうね?」


 不意に向けられたのは、今まで嗜虐的に際見えたものとは違い、さもからかうように楽し気な、小悪魔めいた笑み。反感を覚えると共に、ふと虚を突かれたような気になる。


「……あんたもそんな風に笑うんだな」

「ば、馬鹿にしてんのかい? あたしだって人間だよ。笑みの一つくらい零すさ」


 どこかばつの悪そうに頬を紅くするレランは、なるほど確かに人間だ。でも……。


「それでも、俺はあんたを許すことはできない」


 レランがまっすぐな視線をこちらによこす。


「ただ、今はそんな事でどうこう言ってる暇はない。早くヒイラギをサルガルタの手から取り戻すぞ」


 言うと、レランが目を逸らし微笑を湛える。


「それでいい」


 それだけ呟くと、レランは未だ割れている虚空に目を向ける。


「さて、お前の友達を早い所奪還するよ」

「ああ」


 頷くと、レランが虚空に飛び込むので俺もまた後に続いた。

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