第38話
ふと、暗転した景色が開けると、石造りの部屋の中、目の前には想定外の人物が待ち構えていた。
「やーやー、ここまでお疲れ~」
どこか気の抜けた様なのんびりとした話し方をするその人は、エクストーレ学院の教師にしてオルニス寮の寮監、エミリー先生だった。
「エミリー、先生……?」
「クロヤ君久しぶり。元気そうでよかったよー」
のんきに言ってくるが、正直状況が分からない。なんで学院の教師が転移先で待ち構えているのだろうか。
俺の疑問を察したのか、黙っていたレランが口を開く。
「彼女は王室魔導士で、サルガルタの動向を探るために王が学院に仕向けていた差し金だよ。それでここは城の地下というわけさ」
レランの説明に、エミリー先生はゆるりと微笑み手を振って来る。
王室魔導士と言えば王の側近、といよりは王の手足と言うべきだろうか。噂に聞けば数名いるが、城内では常に仮面を付けておりその素顔は世間に知られないという。
そんな人間が学院にいて、しかもそれが寮監の先生とは世の中何が起こるか分かったもんじゃないな。しかもレランはどうやらこの人との知り合いらしい。となるとレランとあとカーライルの所属している組織は王と繋がりがあるのだろうか。
だとすれば神子を斬ったのは王の命令……?
そんな考えに至ると、不意に一抹の不安がよぎる。
ヒイラギを助けた後、俺達はどうなるのだろうか。
「さて、それじゃあ状況を軽く説明するよ」
思考を遮るかのようにエミリー先生が口を開く。その眼に普段のゆるりとした様子は無く、心なしか鋭くなっている気がした。
「もう動いてるんだろう? サルガルタは」
「うん。流石に王都は何も変わらないけど、今、国の各地で暴動が起きててね、【ルミエル】が散り散りに派遣されてる。いつも国中を飛び回ってると思ったら、色んなところに火種を仕掛けてたもんだから参っちゃうよー」
そういえば寮生会議の時も色んな所に飛び回っているとは聞いていたが、各地で反乱分子を作っていたのか。
「それで問題のサルガルタだけど、情報では弥国に向かおうとしてるんだってー」
「弥国に?」
故郷の名前が出たので思わず聞いてしまった。
「うん、目的は分からないんだけどね」
目的は分からない、か。やはり神子について西洋人は全てを把握しているわけでは無いらしい。
「成人の儀が、目的なのかもしれません」
「成人の儀だって?」
成人の儀とは、先見の能力継承の儀式。能力は神子が歳を追うごとに行使できなるため、千年ほど前、初代神子が能力を発現した時から途切れず行われてきたという。恐らくサルガルタはそれを強行しようとしているのだろう。
ただ、あの儀式は一年に一度訪れる、中秋の十五夜の日に行わなければならない。過去それ以外の日に行った代があるが、その記録によれば、能力は覚醒したものの神子は二年で命を落としている。死ぬ間際に継承し続けここまで能力を受け継いできたものの、その代から十数代に渡って神子は早々に命を落としてきたらしい。
「神子の能力の覚醒を促す儀式の事です」
「先見の能力。未来を透視する能力、か」
呟くエミリー先生もこの事について知っていたらしい。それは当然レランも同じようで、どことなく空気が張り詰める。サルガルタがその能力を手に入れたら最後、この国は転覆されてしまうだろう。神子はその気になれば十数年も先を見据えることができる。
だが俺にとってそれはどうでも良かった。そんな事よりヒイラギを早く死なせてしまう事の方が問題だ。
「急いだほうが良さそうだね。でもサルガルタがどこにいるのか分かってるのかい?」
「うん、それについては把握済だよ~」
「へぇ、随分と簡単に尻尾を見せてくれたもんだね?」
「たぶんかなり慎重にしてると思うよ? でもこっちには教頭……セス・マドマンもいるからね~」
「なっ……」
思わぬ名前についつい音が漏れてしまった。教頭については確かに心臓を捉えたはず。
「ああそっか~。クロヤ君だもんね、マドマンの心臓に傷を負わせたの」
「えと、はい……」
心臓を貫いたのが傷を負わせたという表現になるのか……。
いやそれよりあいつが王の側にいるとすれば、俺はこの国の重罪人になるんじゃないだろうか。背中が嫌な汗で濡れるのを感じた。
「あ、大丈夫大丈夫~。彼も大概違法な実験とかしてきてたからねー。かと言って制御できる人間じゃなかったから野放しにしてたけど、クロヤ君が大打撃を与えてくれたおかげでやっと押さえつけられたから、こちらとしては助かったよ~」
俺の心情を察してか、エミリー先生が笑顔を向けてくる。それなら良かったが、まさかあれで生きているとは、奴の生命力には恐怖を感じる。
「マドマンってあの狂人だろう? よく手伝ってくれたもんだね」
「弥国の神子がサルガルタに捕らえられてる事を言ったらすぐに協力してくれたよ~。『ならないならないッ! 神子が奴の手に渡るなどあり得ない事だッ! まったく遺憾だ、神子は私の研究材料だというのにィ!』って」
エミリー先生の迫真がかった演技のせいもあり、言ってる事は恐ろしいが半笑いがこみ上げてくる。フラミィが研究に余念のない狂人と一度称しかけたのも頷けるというものだ。
魔の森に行く時にフラミィから聞いた言葉を思い出すと、同時にあの二人が間際で学院長に気を失わされていた光景を思い出す。エミリー先生ならきっと知ってるはず。
「そ、そうだ。エクレとフラミィは無事なんですか⁉」
ついつい焦りで早口になってしまったが、エミリー先生は落ち着いた笑みを浮かべる。
「安心して。二人ともいつも通り学院で過ごしてるよ~。エクレちゃんに聞いてみたら、神子の事も知ってるみたいだったからかな、クロヤ君については神子の件で弥国に戻ったって伝えられてるらしいよー。サルガルタは実力者が好きだから、手荒な真似がしなかったんだと思う」
「そう、ですか。それなら良かった……」
良くも悪くも実力主義、か。もし何かあったら連れて行ってしまった俺の責任でもある。場合によっては一生後悔する事もあっただろう。
「クロヤ、お前エクレと知り合いだったのかい?」
ふと、レランがそんな事を聞いてくる。
「知り合いというか友達だけど、それがどうした?」
なんかレランも知ってるような口調だ。
「そうか、友達だったのかい」
レランは吟味するかのように一人ごちると、こちらに向き直る。
「あの子がいつも世話になってるね」
「は?」
出し抜けに言われ、思わず間抜けな声が漏れる。お世話になってるってつまり……。
「まだ言ってなかったんだねー。彼女はレラン・セルウィル。エクレちゃんのお姉さんだよ~」
エミリー先生に言われて、再びレランの方を見てみる。瞳は冬の空の様に映え、腰まで湛えられた髪の色は白銀。エクレと違って身長は俺よりも高く、スタイルも良いが、非常に整った顔立ちの中には、確かにエクレの面影が見て取れる気がした。
「あの子の事だ、もしかしてあたしを探してたりしたんじゃないのかい?」
「え、ああ。むしろそのために学院に来たって……」
「そうか……あの子には悪い事をしたね」
そう言ってどこか遠い目をするレランは、微かな笑みと共に呟く。
「でも、あの子にもちゃんと友達ができたんだね」
その目はとても優しく、慈愛に満ちていた。認めたくはないが、その横顔は油断すれば惚れそうなほどに綺麗だった。
「私たちの目的は反乱の指導者サルガルタの捕縛。これが終わればエクレちゃんに顔を見せてあげないとね~。クロヤ君も含めて」
「それもそうだね」
「はい」
各々返答すると、エミリー先生が部屋の出口の向こうを指さす。
「目指すは東のメールタット廃港! これより神子奪還と反逆者サルガルタの捕獲を遂行するよ~」
エミリー先生の号令と共に、俺達は部屋を後にした。
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