第17話


 あの二人を元の関係に戻すにはどうしたらいいだろうか。

 そんな事を考えつつ今日最後の授業へと向かう。


 場所は大講義室だったか。現代魔法学概論という授業で、魔法の技術的な事を学ぶのではなく知識的なものを学ぶものと授業一覧表に書かれていた。恐らく魔力は使わないと思うので、とりあえずとってみた次第だ。


 大講義室で行われるとだけあって人気があるのか、続く廊下はそれなりの人が歩いていた。その中でも、ひと際異彩を放つ人影一人廊下を歩いていた。


 悠然と歩み、白銀の髪の毛を揺らす姿は見るものの全てをとりこにするかもしれない。ただ一点だけ惜しいところをあげるのなら背がかなり低いことか。


「あ、クロヤ」


 女の子は俺に気づくと、こちらへと歩いてくる。


「昼ぶりだなエクレ。お前も現代魔法学概論取ってるのか?」


 尋ねると、エクレはこくりと頷く。


「クロヤも?」

「ああ」


 エクレと会えたのは丁度よかった。フラミィの気持ちについて言っておきたかったからな。ただもうすぐ授業だから時間が足りない。


「なぁエクレ、放課後時間あったりするか?」

「無い」


 あまりにきっぱり言われたので若干傷ついていると、エクレは少し頬を染めつつ目を逸らしてくる。


「事も無い……」


 無い事も無いって事はあるんだよな……? それなら普通にあると言ってくれたら、一瞬でもダメージを負わなくても済んだのに。

 まぁでもあるならそれでいいか。とりあえずフラミィの気持ちだけでも伝えよう。


「じゃあ決まりだ。ちょっと話しておきたい事があってな」

「……分かった」


 話しているうちに気づけば大講義室の前に来ていた。

 入ると、講堂とまでは行かないがそれでも他と比べればかなり広い空間が広がっていた。席も満席とまでは行かないがかなり多く埋まっている。


「すごい人だな……」


 思わず呟くと、エクレが淡々と言う。


「たぶんこの授業の教師が教頭だから」

「へぇ、あの教頭」


 入学式のあのうさん臭い人か。なんとなくだがあまり良い印象ではない。


「教頭は魔法学の教科書を何度も塗り変えて来た魔法研究者だから、その話を聞きたい人は多い」


 なるほど、そんな大それた存在だったのかあの教頭は。魔法が全てとする西洋人からすれば確かに尊敬の対象だろう。俺だって剣術を極めた剣豪の話が聞けるなら、間違いなく聞きに行く。




 手ごろな席に座り待っていると、やがて教頭が姿を現す。


「やぁ諸君。意欲的に集まってくれたことに非常に私としても嬉しい事だ」


 相変わらず紫の正装は健在だ。


「早速だが君たちは魔力というものをどれだけ理解しているかね?」


 教頭が問いかけると、前の方で座る生徒が手を挙げる。


「じゃあそこの君」

「はい。魔力は人が生まれながらに持ち、魔法を行使する際に不可欠となる素です」

「その通り。それに関しては何も間違っていない。座って構わないよ」


 手で着席を促すと、教頭は再度話し始める。


「だが当然魔力というものはそれだけで片付く代物ではない。例えば君たちは魔力には属性というくくり以外にもう一つのくくりがあるのを知っているだろうか?」


 初耳な人が多いのかわずかに室内がざわめく。

 俺も人によって魔力に属性という性質があるのは知っている。それに応じて使える魔法の種類が違ってくるのだ。エクレならば雷、フラミィならば炎といったように。


「一つは君たちがよく知っている魔力、魔法を使うためのものだ。使い切ればまた身体に湧いてくる。それを私は可変魔力と呼んでいる。そしてもう一つは理論上我々の身体を構成する不変魔力だ」


 教頭の話にまた誰かが手を挙げる。


「身体を構成する、という事は不変魔力というのは僕たち自身が魔力という事でしょうか?」

「素晴らしい」


 挙がった質問を称賛すると、教頭は続ける。


「呑み込みが早くて大変結構。そう、我々は魔力の集合体にしか過ぎない。これはどういう事か分かる人はいるかね?」


 だが見当のつく生徒はいないのか、どこからも手は上がらない。

 教頭もそれは予想していたのか笑みを浮かべ教壇に手をつき告げる。


「いかなる損傷も完全に修復できるという事だよ。それも死すら乗り越えられる可能性もね」


 再度周りがざわつき始める。一応、治癒魔法というものは存在するが、大きな傷は完全に修復する事はできず、怪我の度合いによれば後遺症が残るという。しかもそれを飛び越え死すらも越えられる可能性があると言われれば驚きもするだろう。


「まぁもっとも、それらは全て研究段階でね。まだ技術として普及する事は難しそうだ」


 ただ、と教頭は付け足す。


「もし君たちの中で私の話に興味を抱いた者がいるのならば、しっかりと授業を受けてもらいたい。そうする事で、話した通りの未来が近づく事だろう。私はその手助けができればいいと思っている」


 西洋人からしたらよほど魅力的な話だったんだろう。教頭が締めくくると、自然と拍手が沸き起こっていた。


 ただ、弥国人の俺からすればどこか遠い話すぎて現実味が沸かない。勿論、そんな未来が来れば理想だとは思うけど。


「では授業を始めよう。今日は魔方陣の基礎構築論と魔力の力場ついて……」


 また難儀な単語が出てきたな……。



 軽い眠気に襲われるとしばらく抗うが、フラミィと戦った疲れもあってか、結局意識は闇に遠のき、気付けば周りが立ち始める所だった。


「クロヤ寝てた……」


 隣を見ればエクレがじとーっとした目線を向けてくる。


「別に寝る気は無かったんだけどな……」


 授業は魔法が使える前提での話で理解できないところが多すぎたからな。一応魔法についてある程度の知識は入れてきたものの、やはり知識は追いつかなかった。美味しい料理を出されて何を使われてるか分かっても、調味料の量、完成に至るまでの過程は分からない、と言ったところか。


「まぁいい。それより話って?」


 別に俺がどうしようとエクレの知った事では無いのか、話を切り替えてくる。


「ああ、フラミィについての事なんだけど」

「え」


 予想外だったのか、エクレの瞳がわずかに開く。


「とりあえず……」

「あ、クロヤ君いたいた~」


 適当な場所に行って話すかと提案しようとすると、別の所から気の抜けた声がかかる。


「あれ、寮監の……エミリー先生?」

「ぴんぽーん、だいせーか~い。エクレちゃんもおはよ~」


 エクレが軽く会釈すると、不意にエミリー先生がにやりとする。


「それより二人はこれからデートだったりするのかな~?」


 いやいや、唐突に何言ってるんですかねこの人。


「違いますよ。たまたま授業が一緒だっただけで」

「え~ほんとかなー?」

「ほんとですって……」


 エクレも何とか言ってやれと目くばせするが、肝心のエクレは何故か顔を真っ赤にして硬直していた。


「えっと、エクレ?」


 声をかけてみると、エクレは我に返ったのか肩をピクリとさせ、手を口元に当てる。


「……有り得無い」


 短くも俺の心臓を多少えぐりとる一言を放つと、早歩きで講義室の外へと出て行ってしまった。


「あれ? 何かまずい事言っちゃったかな?」

「まぁ、別にいいんじゃないですかね……」


 被害と言えば俺がほんの少し傷ついただけだと思うんで……。


「それより何か用がってここに来たんじゃないですか?」

「あーそういえばそうだったね~」


 エミリー先生がうんうん頷くと、予想外の言葉も衝撃が走る。


「学院長からのお呼び出しだよ」

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