第11話


 ふと、目を開けるとそこは何度も見た事のある景色だった。

 屋根瓦の家に縁側、その庭には池があり灯篭があり、桜が立っている。懐かしい故郷の風景の一端だ。


「クロヤ」


 声が聞こえたので振り返ると、白と紅の神子の装束に身を包んだ、黒髪を腰まで湛えた女の子が立っていた。


「ヒイラギか」


 言うと、ヒイラギは何故か可笑しそうに口元を隠し笑う。その所作は非常に洗練されており、思わずドキリとしてしまう。


「ふふ、ここには私しかいないよ?」

「そう言えば……いや待て、俺もいるよな?」

「もう、そうだけど」


 まだ抜けきらないのか、ヒイラギはどこか楽しげな感じが滲み出ている。そこまで可笑しかったか?


 疑問を抱いていると、ヒイラギがとりあえず座ろうかと桜の木の下に行くので、俺もまたその後をついていく。桜の木の下は俺たちが話をする時に座る定位置になりつつあった。


「しかし、いつ来てもここは変わらないな」


 隣同士、桜の木の下で座ると、ふとそんな言葉が口をつく。


「そりゃだって、クロヤ心の中だもん。仕方ないよね」

「どういう意味だそれは」

「別に~」


 ヒイラギはどこかからかうような口調だ。まぁ確かに俺の心の中っていうのはだいたいあってるんだろうけど、ああいう言い方されるとこう、お前はいつまで経っても成長していないなとか暗に指摘されてるみたいでなんだかな……。


「にしてもあれから一年、だよね」


 不意に放たれたヒイラギの声は重みを帯びている。

 おおよそ一年前、ヒイラギは何者かによって襲われ、殺されかけた。いや、殺されたと言っても差し支えないだろう。


 一年前のあの日、何者かに斬られ、消えそうになった魂をヒイラギはその場にいた俺の心の中に移すことによって繋ぎとめたのだ。そんな事ができるのかと当事者の俺でも最初は信じがたかったが、ヒイラギ曰く可能らしい。だから俺とヒイラギはこうして心の中で対話することが出来ている。

 ……と言っても、いつでもできるわけではなく眠ったらたまにという具合だけど。


 何故襲われたのか、理由は定かではない。ただ恐らくヒイラギが特別な存在だからなのだと思う。弥国人で魔力を唯一有し、さらに未来をも透視する事ができる能力の持ち主、ヒイラギこそが神子なのだ。とは言っても、神子の能力はまだ不完全で、より厳密に言うのならば神子の後継者ではあったのだが。それでも多少の未来は予知できたし、俺の持つ碧眼はヒイラギが俺の心に入ったことによる副産物だが、実際に僅か先とは言え未来を映し出す。


「本当にすまなかった」


 過去の記憶をたどればやはり後悔に満たされる。俺がもっと強ければ、ヒイラギはこんな状態にならずに済んだはずなのだ。


「もう、だからクロヤは悪くないって言ってるでしょ?」


 申し訳なさでいっぱいになっていると、ヒイラギは心なしか尖った声音で諭してくる。


「でも……」

「あーあー。私はもう何言っても聞かないよー」


 俺の声を遮りヒイラギは聞かない意思を示す。

 恐らく気を遣ってくれているのだろう。まったく、家来が主人に気を遣わせてどうするんだか。


「そうだよな。それよりヒイラギ、あの銀のプレートあるだろ?」

「うん」


 ルミエルの証と色違いのあのプレート、あれはヒイラギを斬った人間が落としたものだ。だからこそ俺はそれを校章としているエクストーレ学院へと入学した。真実を知り、ヒイラギを斬ったあいつにたどり着き、復讐を遂げるために。


「俺の思った通り、やっぱり学院と関係があるかもしれない。いやそれだけじゃない、もしかしたら国ですら……」


 あれがルミエルの証である金のプレートと色違いだという事を説明すると、ヒイラギはどこかすっきりしない表情を見せる。


「どうした?」

「ううん、でもクロヤ、無理してないかなって」

「俺が?」

「私のためにクロヤが色々と調べてくれるのは嬉しい。でも、それでもし無茶してクロヤが危ない目に遭うのは、嫌かなって」


 確かにそうかもしれない。俺が無茶をして身を朽ち果てればヒイラギも存在できなくなる。


「そうだな、無茶はしない」

「絶対だよ?」


 ふと、ヒイラギが俺に手を重ねる。しかしそこに温もりは感じなかった。この世界はどうやら体温というものが存在しないらしい。


「分かった」


 それだけ伝えると、景色が少しずつ歪み始める。そろそろ時間らしい。


「そういえば、クロヤの学校生活についてあまり聞けてなかったね」

「まぁでも、まだ入学したてだしな」

「それもそっか。でも次会うときは絶対に聞かせてね」

「別にそんなの聞いても仕方ないと思うけど……まぁ、分かったよ」

「またね、クロヤ」

「また」


 最後にお互い別れの言葉を交わすと、そのまま意識は闇へと遠のいていった。

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