第8話


 食事を終え、卒業要件についての説明が行われるという寮の会議室まで行くと、既に多くのオルニス寮生が席についていた。並ぶ長机はどれも綺麗にされていてなかなか良い雰囲気だ。


 この学校は授業は自分で選んでいく形、選択科目制なのでクラスは無い。その代わり、一部屋およそ三十人収容できる会議室は各寮に何部屋か設置されており、何か学院側から連絡事項がある場合は寮生を小分けにして今のように各会議室に集める。だいたいこういうのは寮生会議と呼ぶ事になるらしい。


 今回に至ってはあらかじめ席が決まっているらしいので、どこかなと見てみると窓際の一番後方の席が空いていた。


 行ってみると、確かに俺の名前が刻まれたプレートが置かれていた。

 着席し、しばらくぼけーっと外の景色を眺めていると、不意に何やら視線を感じる。


 振り返ってみると、隣の席の子と目が合う。

 エクレだった。視線がぶつかるといなや、エクレはわちゃわちゃと目を泳がせ顔をそむける。

 なんの因果かは知らないが、謝る機会ができた事は有り難い。


「えっと、昨日も言ったかもしれないけど、改めて言う。本当に昨日は悪かった」


 隣に座る少女に深々とお辞儀をするが、以前そっぽを向いたままエクレが呟く。


「……変態」


 やはり嫌われてしまっているようだ。まぁ無理も無い。


「そうだよな。うん。こっちとしては謝り足りないけど、これ以上やっても鬱陶しいだけだろうから、これからは話しかけないし近づかないようにする。安心してくれ」


 伝えるべき事は伝えたので前に向き直ると、ふと制服の裾が掴まれる。


「や、やっぱり許す……」


 怒りに打ち震えているのか、あるいは思い出して恥ずかしくなっているのか、エクレは頬を赤らめながらも言葉を伝えてくる。


「本当にいいのか? 無理しなくてもいいぞ?」


 念のため確認するが、エクレは無言でこくりこくりと頷く。


「それならいいけど……一応自己紹介しとくと俺はクロヤ・シラヌイ。クロヤとでも呼んでくれ」

「分かったクロヤ。私は、エクレ・セルウィル。エクレでいい」

「よろしく」

「……よろしく」


 って俺何してんだろ……。別に友達作ろうとかいう気はさらさら無かったのに自己紹介なんかしてしまうとは。


 でも不思議だ。エクレとは学院で初めて知り合ったはずなのに初めてな気がしない。いや、本人に会ったというよりは似てる人に会った事があるというようなそんな感じか。まぁいずれにせよ、そのせいでこうして自己紹介をしてしまったんだろう。知り合いがいくらいたところで減る物は無いし別にいいか。


「あっ、あと……」

「ん?」


 まだ何か言う事があったのか、エクレが口を開く。


「許したのは、貸しを返しただけ……」

「貸し?」

「さっき階段の所で」


 階段の所と言えばたぶん女子に絡まれていた時の事だろう。


「別に私はどうでもよかったけど、一応、助けてくれたから。その貸を返しただけ」


 要するに助けてくれたから風呂での事は許すという意味か。

 なんかそれはそれですっきりしないな……。命を助けたりとかならともかく、ただ単に声掛けて注意した程度だもんな。


「やっぱり無理してないか? 俺としては許されない事をしたと思ってるし、許されなくても仕方ないと思ってる。だからそう貸し借り云々で無理に許してくれる必要は無いぞ」


 言うと、エクレがどこか不服そうに小さく頬を膨らます。


「それでいいって私が言ってる。だからクロヤは大人しく受け入れて」

「お、おう……」


 決して大きな声ではなかったが、謎の強制力を感じたのでとりあえずは受け入れる事にする。

 それからしばしの沈黙。お互い顔を合わせていないとは思うが、遭遇の仕方が遭遇のしかただったので、どうしても意識が向いてしまう。


「……そういえばエクレ、一つ聞いてもいいか」


 若干気まずくなったので話しかけてみる。無視されるかと少し心配だったが、短いながらも返事がかえってきた。


「なに」

「いやさ、なんであんな夜にいたのかなと」


 羞恥から目をそらしているとむしろ強く感じてしまうので、あえてその事について掘り返してみる。


「っ……それ、は」


 思い出しているのか、僅かに頬を染めるエクレ。もしかして悪手だったかもしれない。


 墓穴を掘ったかとヒヤリとしたが、どうやら杞憂だったらしい。目を背けるとむしろ意識してしまうという俺と同じ思考に至ってくれたのか、おずおずとエクレが口を開く。


「部屋のお風呂が壊れてた。でも人が多い時間に大浴場に行っても……色々隠される」


 なるほど、そういう事……。確かにさっきと絡まれ方と言い何か訳ありみたいだったしな。もしかしてエクレは俺と多少似たような現状なのかもしれない。


「なんか悪かったな、聞いて」

「別に、気にしてないから」


 口ではそう言っているが、本心はどうなのやら。まぁでも俺には関係ないか。

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