第7話


 朝日が窓から射しこむ。

 実に清々しくない。ほんとにどうするんだよあれ。

 昨晩の風呂での光景が未だに頭を離れない。そのせいで寝る事も出来なかったし結局風呂に入る事もできなかった。教科書の一つとして使っていた書物に書いてあった”空は晴れていても心は曇りだ”っていうのはこういう時に使うのかもしれない。


 重い身体を叩き起こすと、制服を着て身支度を整え寮の食堂に向かう。

 とりあえず食堂であの子を見かけたら謝ろうと廊下を曲がると、陽が差し込む階段から堂々とした佇まいで下りてくる、昨日の女の子――エクレと目が合った。


 やはり綺麗な子だとつい見てしまうが、今度は本物のシュシュによって片方の髪の一部が結われているのに気づき、昨日の出来事がより鮮明に脳裏をよぎる。


「あーえーっと、昨晩の事なんだけど……」


 とりあえず謝れねばとなんとか言葉を絞り出すと、エクレもまた思い出したのか、頬を朱に染めつつもぶっきらぼうに言う。


「……変態」


 決して大きくはないながら、冷たくも鋭利な声が放たれると、エクレは早歩きで階段を降りて行ってしまった。


 あーあ……これまずいやつだよ。まぁでもそりゃそうだよな……。どうしたものか。


 自然と手に力が入らず腰が曲がるのを感じながら廊下を降りると、エクレが下で女の子と話をしているらしかった。相手がどんな顔かは死角で見えないが、足の数からして一人ではないらしい。やっぱり可愛いだけあって友達もたくさんいるんだろう。


 流石にガールズトークに割って入ってまで謝罪しに行くのは鬱陶しいを通り越して気持ち悪いだろうという事で、女の子たちが掃けるのを待ってから食堂に行こうと踊り場で待っていると、自ずと会話が耳に入ってくる。


「ごきげんよう。あなたがあの悪名高いセルウィル家の次女、エクレ・セルウィルね?」


 ガールズトークにしてはなんとなく演技がかっているような気がするが、西洋人は割とオーバーな反応を取ると言うらしいからそうなんだろう。


「それがどうかした?」

「あらあら、自分の家がしたこと、分かっておいでなの?」


 西洋人のガールズトークはなかなか誇張したような感じでするらしい。

 何があったのか、エクレを言葉を返さないでいると、気のせいなのか微かに舌打ちが聞こえた気がした。


「なーにその反応? 私たちは友達が一人もいないでしょうあなたに、わざわざお話してあげてるのよぉ?」

「別に、頼んでない」

「あら、失礼な子。まったく、流石セルウィルね。可愛い可愛いお顔の下にはさぞかし醜いけだものが潜んでいるんじゃないのかしら?」

「……」


 これもうガールズトークか分からないな。ていうか絶対違うよな。

 エクレもそれは悟ったのか、黙って歩いていこうとする。

 だが、押し返されると壁際に追いやられてしまう。ここで初めて相手の女の子の姿も見えた。喋ってるのは先頭のあの子だけらしいが、やはり一人ではなく他にも二人いた。


 集団で寄ってたかって一人の女の子をいじめるのか。あんまり見ていて気持ちのいいものじゃない。

 この状況だったら西洋人紳士はどうやって割って入るんだったか。確かあの教科書代わりの書物には……。


「ちょっと、まだ話は終わってないわよ? 何行こうとしてるの?」

「まぁ待ちなってお嬢さん」


 西洋の雰囲気を意識して両者の間に割って入る。


「何あなた?」

「たまたま通りかかった通行人さ。にしてもお嬢さん、あんまり怒るとせっかくの美貌が台無しだ」


 わざわざ両手を上げ方をすくめる動作も付けて言うと、後ろに控えていた女子が何コイツと呟く。俺でも分からない。


「弥国人……そういえば今年弥国人が一人入ってきたって聞いたわね。で、その劣等種族が私に何の用なのかしら?」

「そうだな、用と言えば君をデートに誘う事かな」


 いやそりゃ無いだろ俺。

 自らの発言に呆れていると、女の子もそれは同じなのか俺を無視しエクレの腕を掴もうとする。

 俺はすかさず割り込み制すると、思い切り睨まれてしまう。


「邪魔って言っているのが聞こえないのかしら? さっさとどいてくれる?」


 そうは言われても美しい花の事は無視できないさ。なんて言ったら火に油だろうな。駄目だ、この場面じゃあの教科書の書物の内容もあてにならなさそうか。


「そもそも、劣等種族の分際で私に……」

「頼むから引き下がってくれないか?」

「なっ……」


 茶番をやめにして、真っすぐ眼を見て伝えると、女の子は一歩後ずさりする。

 しばらく女の子は動かないでいたが、やがて二、三歩下がるとこちらか背を向け歩き出した。


「い、行きましょう……」


 残りの二人もどこか焦り気味に身を翻すと、一人歩き出した女の子の後を慌てた様子で追っていく。


 何か分からないけどやっぱり真剣に頼めばけっこう聞いてくれるもんだな。最初から西洋風で行かなければよかった。あれじゃあただの間抜けだ……。


「大丈夫だったか?」


 声をかけると、エクレは一瞬呆然としていたが、すぐ我に返り口を開く。


「あんなの、放っておけばよかった」

「でもいい気はしなかったんじゃないか?」


 言うと、エクレは心なしか頬を赤らめ俺から目を逸らす。


「……別に、頼んでない」


 それだけ呟くと、エクレはさっさとどこかへ行ってしまった。

 完全に嫌われちゃってるな俺。にしても悪名高いセルウィル家、か。まぁ西洋の家の事情まではよく知らないが、まぁ他人の事情を詮索するのはよくないか。そんな事よりもちゃんと謝れなかったな……。しっかりしないと。

 時期を見計らって謝ろうと再度決意すると、少し時間をおいて食堂に向かった。

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