8/6(日) 白い棺

 これでこいつの寝顔を見るのは何度目だろう。


 小さい頃はよく、お互いの家に遊びに行って、疲れてそのまま寝てしまって、次の日を迎えることは多々あった。そういう時は決まって快斗と私が並んで寝かされるのだ。

 朝起きると目の前に快斗の寝顔があって、今日も寝ちゃったんだな、と快斗の穏やかな表情を見ながら思っていた。


 それがこの年になって、また起こるとは思ってもいなかった。

 部屋はよく見慣れた、私の部屋。でもそのベッドに横たわっているのは私だけではない。

 少し伸びた前髪が重力に従い、顔の右側に寄って少しおでこを覗かせている。目を瞑っているせいか長い睫毛がさらに際立って見える。

 そんないつもより少しあどけない姿の快斗が、私と一緒にベッドで寝ていた。


 この状況に何故か、不思議と嫌な気はしなかったし、何もおかしいとは思わなかった。

 寧ろしっくりきたというか、今までは何をしていたのだろうと思うほどだ。


「んん」


 快斗が唸りながら、何かを掴もうと手を伸ばしている。ぎりぎり私には手が届かないみたいだ。

 仕方ないので私の手を快斗の手に掴ませて、手を繋いでみる。

 思わず、笑みがこぼれてしまった。


 でもこんなことができるのも今日が最後だ。

 今日中に快斗は居なくなってしまう。もう会えなくなってしまう。

 だから、せめて快斗には秘密で、たくさんやりたいことをやっておこう。




 ~ ~ ~ ~ ~




 頭を規則的に優しくぽんぽん、と叩かれている。


 昔、よく水月が俺にしてくれたのと同じだ。

 あいつは俺が悲しそうな顔をしていたり、寂しそうだったりすると、いつも決まって俺の頭を撫でてきていた。

 最近はそういう素振りを見せないように頑張っているので、撫でられることもなくなったが。


 そろそろ起きないと。今日は病院に行って眠らないと。五年くらい。

 目を開けると、最初に飛び込んできたのは水月の顔だった。


「みつき……?」

「あ、おはよう、よく眠れた?」


 そう言いながらも頭を撫でるのをやめてくれない。おかげでものすごく気恥ずかしい。

 でも不思議と嫌な気はしなかった。


「それ、やめていただけませんか……」

「どうして?」

「恥ずかしいから……」

「そっか」


 以外にも幼馴染は素直にやめてくれた。

 少し名残惜しい気もするが、それは封印。それも重要なことがある。


「今時間は?」

「七時十二分」


 確か施術はお昼ちょうどのはずだ。でもその前に最終検査や準備があるから九時には病院に行かないといけない。

 幸いそこまで遠くないので、時間に余裕はあるのだが、遊んでいる時間はない。


「じゃあ家帰る」

「そのまま戻らない?」

「うん」

「じゃあちょっと待って」


 すると水月は起き上がって、机の引き出しから一つの封筒を取り出した。形状からして手紙だろう。

 それを見て、一気に目が覚める。

 体を起こして、ベッドの淵に座った。


「はい、冷凍睡眠コールドスリープから起きたら読んで」

「わかった」


 渡された手紙を受け取って、立ち上がる。水月は寂しそうに俺を見上げてきた。

 手紙を持ってない左手で、水月の頭を撫でてやる。

 すると水月の表情が少し柔らかくなった。


「じゃあ今度こそ行くから」

「うん」

「元気でな」

「うん」


 それだけ言って、もう部屋を出た。

 俺にはもう何もできない。あとは未来に賭けよう。

 もう一度水月に会えることを願って、俺は涙をこらえた。




 ~ ~ ~ ~ ~




 最終検査は思ったよりも簡単だった。学校の健康診断に血液検査が加わっただけで、あとは何も大変なことはなかった。

 準備のほうも、冷凍睡眠コールドスリープの最終確認と預けるものの確認だけだった。

 預けるものも水月の手紙と、ちょっと大事な諸々のアイテム数点だけで特に面白いことはなかった。


「では、施術着に着替えてください」

「はい」


 渡されたのは、薄い緑色の少し小さめの甚平じんべえのようなものだった。

 下着もつけずにこれだけなので冷房が少し肌寒い。

 まあ、すぐに寝るから関係ないんですけどね。


「部屋に案内します」

「お願いします」


 スリッパを履いて看護師さんの後をついていく。

 廊下を進むにつれて、どんどん人が減っていき、終いには全く人とすれ違わなくなった。

 さらにしばらく歩いて、看護師さんの足が止まる。


「この部屋です」


 扉には『C-0011』と書いてある。被験者の順番と同じだ。

 俺が日本で十一番目の冷凍睡眠コールドスリープ被験者らしい。さっき最終確認の時に来た、国のお偉いさんが言っていた。


 部屋に入ると大きな白い棺が部屋の中心に構えていた。

 棺と言ってもフォルムはだいぶ丸く、どちらかと言うとすごく細長いゆで卵みたいだ。


「その中に入って、蓋を閉めれば、冷凍睡眠コールドスリープが始まります。心の準備ができたら入って仰向けで寝転がってください」


 とっくに覚悟はできている。お膳立ても済ませた。あとは本当に眠るだけだ。

 水月のことは紡や実子に頼んだ。他も全部解決した。


 うん。もう大丈夫。


 白い棺に手をかけてみる。

 中身は何か柔らかそうなゲルのようなもので、居心地は良さそうだ。

 スリッパを脱いで、棺の中に飛び込んだ。

 全体的にひんやりして、とても寝やすい。言われたとおりに仰向けに寝転がって目を瞑る。


「閉めてもよろしいですか?」

「お願いします」


 視界がすべて白一色に覆われる。

 徐々に意識も白く、薄くなっていく。


 次、目覚めることはあるのだろうか。

 もし、目覚めたら何をしよう。目覚めなかったらどうなるだろう。


 そうして、俺の世界は白く染め上げられた。


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