第39話 勝利
数時間前は目の前で悠然と燃えていた太陽は地平線へと沈み、薄暗くなった地上。帰還したクロウ達を迎えたのは一面の迷彩服、装甲車だ。いつ集中砲火が始まるのかとひやひやしていたが、よく見ると兵士達は銃を所持しておらず、むしろクロウ達を守るための配置だということに気が付いた。
円状に置かれた誘導灯の真ん中に着陸し、おそるおそる外の様子を窺った。現状の把握ができていないので、クロウが姿を見せても良いか迷ったのだ。宇宙船は問題ないとして、二足歩行で言葉を操る猫というのは地球人に刺激が強すぎやしないか。
どうすべきか無線でルーカスに指示を仰ごうと思ったら、その本人が船を取り囲む兵士達をかき分けて駆け寄ってきた。
「申し訳ない、議会どころか街中に気付かれてしまったよ」
そう話すルーカスの表情は満足げで、任務の成功を心から喜んでいるようだった。どうやらさほど深刻な事態に発展した訳でもないらしい。
「船のことがバレても、思ったより大丈夫そうなんだな。これなら初めからこそこそする必要なかったんじゃ……」
「今回は結果が伴ったから良かったんだ。おかげで議会や研究所上層部からの突き上げが緩くて済んでる」
終わってしまえばどうとでも言える。現時点で人類は「今」から「未来」へとしか進めないのだから、過去の選択に文句をつけてもしょうがない。それぐらいはクロウも分かっていたのだが、色々と命がけの綱渡りを繰り返してきたこともあって、こう思わざるを得なかった。
「それでクロウ君、宇宙船の存在については公表された訳だが、君の正体についてはもう少し時間を置きたい」
ルーカスは声を潜めてクロウにそう告げ、背後に手招きをした。その先に目をやると、兵士達の間からフレッドが疲労困憊した様子で這い出てきたのが見えた。しかし、それよりもクロウの目を引いたのは彼の脇に抱えられた猫用のキャリーケース。
「勘弁してくれよ……」
もっとも猫らしい運ばれ方で、同時にもっとも嫌いな運ばれ方だ。
とは言え周囲を見回してみても他に選択肢は無い。あまり迷惑はかけたくないし、自分の足で歩かずに済むと考えれば悪くはないだろう。
「あまり揺らすんじゃねえぞ!」
クロウ達が連れて行かれたのはいつもの格納庫だった。ゲートは閉じられ、初めて来た時と同じ状態になっている。途中まで付いてきた護衛の兵士も、ライアンとルーカスに敬礼し去っていき、急にひっそりとした静寂が訪れた。
各々適当に椅子を見繕い、輪になって座る。多少は違えど一度見たような光景だった。
まず最初に、ルーカスが全員の顔を見渡し口を開いた。
「私が生きているうちに、この瞬間を迎えられたことを非常に嬉しく思う。改めてこの場のみんなに礼を言わせてもらいたい」
そして、とルーカスは言葉を続ける。
「この瞬間は始まりだ。やっとスタートラインに立っただけに過ぎない。これからも力を貸してほしい」
「そんな大それたことをした気もしませんし、実感も湧きませんね」
キースが大きく伸びをしながら口を挟む。
「そうだ、今回の一件だけじゃ世界は変わっていない。ただ、変えられるようになったんだ。キースにはこれからも働いてもらうぞ」
「はいはい、死ぬまで働きますよ]
無線通信が可能になれば遠征は遥かに容易になり、ピンチの時は救援だって呼べる。もっと効率的、効果的に動くことができるようになるだろう。
そして、遠く離れたコミュニティ同士の連絡も円滑化、統合され大きなコミュニティになっていき、国家というものにまで成長する。
だが、これではルーカスの言う通りスタートラインだ。人類が宇宙へ出る前の状態に戻っただけである。
同じことを繰り返すか、違う道を歩むかは彼ら次第だ。
そこで、それまで腕を組んで何度も頷きながら話を聞いていたライアンが立ち上がった。
「小難しい話はここまでにして、祝勝会でも始めようじゃないか!」
これには横に座っていたフレッドも賛同する。
「明日から謝罪巡りと事務処理の嵐だし、今日ぐらいは楽しんでもいいんじゃないかな?」
「私も賛成!」
「じゃあ俺も」
フレッドに続いたセナの後を追ってクロウも挙手する。
セナを含めたシティの人々には感謝しているが、地球全体の未来に興味はなかった。そんな抽象的で縁遠いもののために命を懸けられる程人格者じゃない。ただ単に、命の恩人への恩返しだった。
そういう訳で、ルーカスが今後の展望について話していたって眠くなるだけだ。しかも今眠りに落ちてしまったら、明日の朝まで目覚めない自信がある。それはもったいない。
ルーカスも自分に突き刺さる眼差しに耐えきれず、頭を切り替えたようだ。
「そうだな、今夜は祝勝会にしよう」
一斉に歓声を上げる一同。それを温かい目で見ていたルーカスがふと思い出したように、
「ああ、そうだ、忘れるところだった。君達が宇宙にいる間に色々あってな。良いニュースと悪いニュース、どっちを先に聞きたい?」
随分とベタな聞き方だ。
「俺はパス、クロウが決めてくれ」
キースに任され、もとい押し付けられる。
どっちから聞こうか、クロウの知る限りどちらのパターンも多々存在するはずだ。ならば、最終的に爽やかに終われる方を選ぼう。
「……悪いニュースから教えてくれ」
悪いニュースと言ったって、この雰囲気で衝撃の事実が明らかになることはあるまい。せいぜいジョーク程度に収まっているはず。
「悪いニュースか。まあ、大した話じゃないんだがな。まさか今日中に終わるなんて思ってもいなかったから、祝勝会の準備とやらは全くできていないんだ」
「なんだ……そんなことか」
ほっと胸を撫で下ろすクロウ達と、呆れた様子でため息をつくフレッドとライアン。
「じゃあ、良いニュースってのは?」
この分だと大した期待はしない方が賢明そうだ。「デザートは用意できてる」とか言い出しそうな顔をしている。むしろそうとしか見えない。
しかし予想に反して、ルーカスは一拍おき厳かに答えた。
「例のヴァルタの少女が目を覚ました」
クロウ以上にセナが素早く反応した。
「エヴェリナが!?」
彼女がいなければ今回の成功はかなり遅れていただろう、もしかしたら達成できなかったかもしれない。
セナに詰め寄られたルーカスは、「一旦落ち着いて」と促し、順を追って説明し始める。
「君らが出発してから三時間後くらいにな、病院から連絡が入った。意識が戻って、記憶も明瞭だそうだ」
「なら、いますぐ会いに!」
「今日はまだ絶対安静だ。それに、表面化こそしていないが、市民だって混乱のさなかにある。私達が出歩けば騒ぎになってしまうだろうからな。明日の朝一番で見舞いに行こう」
「そう、そうね」
セナは自分勝手にわがままを貫く子供ではない。エヴェリナのためにも、とすぐに引き下がった。
「では、祝勝会の準備を急いで始めよう」
格納庫にあった長机を寄せ集め、その上に料理を並べる。研究所の職員用食堂の残り物や、備蓄食品が大半なので見栄えは良くない。それでも、ルーカスらが自身の職場に隠していた酒類を持参してくれたので、とりあえずの体裁は整った。
いざ祝勝会が始まったものの、どんちゃん騒ぎをするような人種はここにいない。きわめて静かな食事が始まりそうだ。
それを見かねたルーカスが会話の口火を切る。リーダーの役割とはこういうものも含まれるのだろうか。
「それにしても、もう一隻の宇宙船が飛んでったのを見た時は驚いたな」
「私だってビックリしたわ。まさか住んでる家が宇宙船だったなんて」
それもそうだろう。だが、ある程度その可能性に思い至っていたクロウが驚いたのは、別のことだ。
「家が宇宙船だったからって、普通一人で動かすか?」
やっぱりこいつはどこかおかしい、そんな目でセナを見ていたら、セナはむすっとして言い返してきた。
「いいじゃん、結果オーライだった訳だし。母さんからのメッセージ聞いたら居ても立ってもいられなくて」
「どんなメッセージだったんだ?」
横からキースが割って入ってくる。クロウもあの時は切羽詰まっていて興味は毛ほども湧いていなかったが、今となっては話は別だ。それとなく耳を傾ける。
「別に大したことは言ってなかったわ、ただ『自分の目で見て、自分で判断しろ』って。それだけ」
「単純明快、アデラらしいな」
いつの間にか酒が入って顔を赤くしたライアンが豪快に笑い飛ばす。
「しかし、まさか彼女が宇宙から来ていたとはな……」
弟とは対照的にルーカスは静かに小さく呟いた。
「だが、そう言われれば不思議と納得してしまうな。彼女は私なんかよりも遥か先を見ていたように感じることは多かった」
クロウはアデラという女性に会ったことがないので分からないが、人柄以前に腑に落ちないことがあった。
「それにしても、そのアデラって人は、なぜ人工衛星について知っていたのか」
「そんなに不思議なことなのか?」
「ああ、俺の知る限りでは、ただの民間人が手に入れられる情報じゃないな」
自分で言うのもアレだが、クロウは勉強熱心な方だ。当然、地球についても一通りの記録を漁った記憶がある。しかし、それでも人工衛星の位置どころか存在すらも掴んでいなかった。
「たしかにアデラは軍人顔負けの身のこなしだったし、只者ではないと思ってたが」
「コンピューターの知識もヤバかったよ、あの人は」
昔を懐かしむキースとフレッドを横目に、クロウはセナに尋ねる。
「そこら辺のことはムービーに入ってなかったのか?」
「全然」
真実は闇の中、か。何の目的があって地球に来たのか、それも、本人が命を落としてしまった今、知る術はかなり限られてくると言えるだろう。
とはいえ、どうにもならないことに悩むのは時間の無駄だ。今夜ぐらいは勝利の酒に酔いしれてもバチは当たらないはずだ。
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