第38話 終焉の報せ
「なぜここに? 誰が動かしてる?」
あまりに予想外な状況に遭遇し、知らず知らずのうちに識別コードを読み取ろうとしていた。ネットワークに接続できないのだから無駄なことだ。
ついさっき地球にもう一隻の宇宙船がある、という驚愕の事実に辿り着いたばかりなのに、それを上回る衝撃だ。「驚き」に「慣れ」は存在しないらしい。
相手の船はクロウ達の近くで減速し、その後一定の距離を保ちながら並行して移動し始めた。
敵意はないようだが、誰が乗っているのか。
無線通信は不可能なので、別の手段を取る。
「おい、キース。天井のレバーを回してくれ、そう、それだ」
キースが回したレバーは、刺突式有線接続ワイヤーを固定しているジョイントに連動しており、回すことでセーフティが外れて発射が可能になる。
刺突式有線接続ワイヤーは、何らかの事故で棺桶状態になった大型船に対し外部から強制的に接続するためのものだが、戦闘面では艦隊戦でステルス機による敵戦艦の無力化等に使用された記録もある。
普通の船には搭載されていないが、海賊にとっては一隻に一台の必需品だ。相手船を乗っ取るハッキングツールも独自の物を製作している。
クロウは相手の船の後方に付くと、ワイヤーを打ち出した。発射の反作用で船が揺れないよう後方へのスラスター噴射も同時に行われ、無事に鋭い杭が相手の船に深々と突き刺さったのを確認する。
対象船のシステムへの強制介入が開始された。これで相手パイロットの正体が分かる。
システムの掌握は一分も経たずに完了し、いよいよご対面の時間だ。通信システムへ介入し相手の音声を拾う。
「アレ? ちょっとこれどうなってんの?」
聞き覚えのある子供っぽい透き通った女の声。この状況に戸惑っているのか、所々上ずっている。
「おい、お前、セナか?」
思わずこちらから呼び掛けてしまった。
返ってきたのは安堵の息遣いと、やはり聞き慣れたセナの声だった。
「あ、クロウ? 良かった~、何かぶつかったと思ったら、その後、急に船が操縦できなくなっちゃって」
クロウはキースと顔を見合わせ、それからおずおずと切り出した。
「それについては心配ない。俺がお前の船を乗っ取っただけだ。で、聞きたいんだが、何でこうなってる?」
かなりざっくりとした尋ね方だが、聞きたいことが多過ぎて、どこから手を着ければいいのか分からないのだから仕方がない。
「今朝、クロウから渡された記録メディアを再生してみたの、母さんからのビデオメッセージだった。励ましのメッセージか何かかな、と思ったけど違ったみたい。いや、一部はそうだったんだけど」
「どんな内容だったんだ?」
もちろん「励ましのメッセージ」じゃない部分のことだ。親子のやり取りに割って入るつもりはないし、興味もない。
「母さんも父さんも地球の出身じゃないってことと、家が宇宙船だってこと。それと太陽の近くに壊すべき物がある、って」
それを聞いた時のセナの驚きようは想像もできない。自分だったら腰を抜かすか心臓が止まるだろう。
セナの両親が、クロウの知らなかった妨害衛星のことについて知っていたのかは気になるが、今は重要じゃない。人それぞれのストーリーがあるのだ。
そこでクロウの背後から、今まで黙って会話に耳を傾けていたキースが割り込む。
「それは分かった。で、なぜお前は船を操縦できる?」
「マニュアルの場所を教えてくれたし、ほとんど自動でやってくれたわ」
キースはクロウの方を向き「そうなのか?」と目で聞いてきた。
セナの言う通り、本来宇宙船は人の手を借りずとも飛ばすことができる。クロウがマニュアル操縦に拘るのは、運び屋という職業柄イレギュラーな状況に陥りやすいことや、あとは単に操縦が好きだから、という理由だった。
そういうことは置いておき、クロウ達からも状況を報告し、互いの事情を擦り合わせた。
「あと一基ってところで、武器が壊れちゃったってこと?」
「そういうことだ。お前の船にレーザーキャノンはあるか?」
大概の船には戦闘用ではないにしても、鉄や岩を破壊できる程度のレーザーは積んでいるはずだ。
「えーと、どうやって確かめればいいの?」
「コンソールの機体情報確認から……もういいこっちでやる」
通信機越しでもクエスチョンマークが見えてきたので、こちらから確認することにした。そのためのハッキングだ。
「よし、ちゃんと搭載されてるみたいだな」
「じゃ、私があれを壊してくればいいのね?」
「できる訳ねぇだろ、俺がやる」
クロウは船をセナの船と接触するぐらいまで近付け、機体下部のアームを起動する。強襲用装備でワイヤーと同じく海賊の必需品だ。
二隻の船を完全に固定し、いざ人工衛星へと向かう。
「うわ、何アレ?」
鈍重に輝く黒い装甲の化物を目にし、セナが息を飲む音が聞こえた。クロウ達と同じリアクションだ。
「ただのアンティークさ。すぐに終わるから大人しく座ってろ」
地球を一〇〇年間人々を閉じ込める鳥籠たらしめた物、そのせいで多くの命が失われ、同じ数の未来が奪われただろう。
だが、クロウと地球を繋げてくれた物でもあった。こいつが無ければレールガンは造られず、レールガンが無ければクロウはあの森に墜落しなかっただろう。
運命と呼ぶには少々優雅さに欠けるが、因縁と呼ぶのも滑稽だ。
「これで終わりだ、あばよ」
トリガーを引いた。
コンマ数秒のディレイを挟んでセナの船からレーザーが放たれる。
反撃のレーザーが万が一にもセナの船が被弾すると洒落にならないので、二隻の推進力をフルに使って離脱した。だが、攻撃の当たり所が良かったのか、衛星は潔く静かに炎へ飲み込まれていった。
これで終わったのか。
「よっしゃ! クロウ、凄えよ……早く所長達に知らせよう!」
キースがクロウの頭を鷲掴みしがしがしと撫でてきた。
「無理だよ、こんな遠くからじゃ」
記憶が正しければ光ですら八分はかかるはずだ。無線機の電波じゃかき消されてしまう。
「まあ、それもそうか……」
しょんぼりと目に見えて気を落としたキースが少し気の毒になる。まあ、面倒だが方法も無いわけではないのだ。
宇宙では一般的に用いられる通信方法で、やり方は至っては単純。ワープのために開けた空間の穴から電波を送り込むだけだ。コストパフォーマンス最悪なので、できることならやりたくないが、これから二時間かけて地球に帰るころには感動も冷めてしまっているに違いない。なるべく早く連絡したい気持ちはクロウにもある。
「それじゃ、行くぜ」
一秒たりとも無駄にしたくない、空間の壁を貫くと同時に通信を開始した。セナもキースも報告ができればそれでいい、とのことなので話すのはクロウだけだ。
「こちらクロウ、こちらクロウ、応答頼む」
これで通信妨害が終わってなかったら笑えない。もはや泣けてくる。
無限にも感じる三秒が過ぎて、返事が返ってきた。ルーカスの震えた低い声だ。
「クロウ君か……本当に……」
「ああ」
泣いてるのかどうなのか、声にならない様子で何かを噛み締めてるのは伝わった。バックでフレッドとライアンが歓声を上げているのが小さく聞こえる。明らかにその三人以上の騒ぐ音声が混じっているのが気になったが、それを問う前にルーカスがしっかりと重みのある口調で、言葉を紡ぎ出した。
「良くやってくれた……本当にありがとう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます