第35話 偉そうな説教
セナが目覚めたのは夜、それもクロウが勝手に夕食を終えて、そろそろ眠りに着こうかという時だった。
セナは頭痛がするのか、片手で頭を押さえながらぎこちない動作で半身を起こしたが、何かに引っ張られるように、またベッドへと倒れこんだ。
「起きないのか?」
クロウが段ボールの中からセナに声を掛けると、無感情でそれでいてとげとげしい返事が返ってきた。
「ほっといて」
そう言われて「はい、そうですか」などと引き下がるつもりはない。クロウはセナの言葉など全く気にしていないようなそぶりで続けた。
「悩んでるのはエヴェリナのことか?」
返事は無い。ただ、セナがベッドのシーツを爪を立てて握り締めるのが見えた。
クロウは踏み込んでいくのをやめない。ここで拒絶を恐れ足を止めれば、絶対に後悔する。それを理解していたから。
「セナが悩むことじゃない、彼女はまだ生きてるからな」
「ほっといてって言ってるじゃん!」
絞り出すような叫びと同時にクッションがクロウに飛来する。もろに直撃し一瞬息が止まったものの、別に痛くはない。そんなことはどうでもよくて、クロウは体勢を立て直すとセナへと向き直った。
泣き腫らした目が見えた。
クロウはその瞳を真っ直ぐ見つめる。怒りだとか悲しみだとか、色々な感情が渦巻いているのだろうが、バカ真面目に読み取ってやる義理はない。
「そんなにエヴェリナが気になるなら、見舞いの一つでも行ってやればいい。こんな薄暗い穴に閉じこもってるのは、ただ逃げてるだけじゃないのか?」
「クロウに言われたくない!」
当然だな。自分でも同じ反応をするに違いない。逃げて逃げて逃げ続けた末に流れ着いたのが地球で、今この場所だ。だが、
「俺の言うことじゃなかったら聞くのか? 俺が逃げるのをやめたら、お前も逃げるのをやめるのか?」
今まで逃げていた理由は「逃げてもいいから」。クロウが逃げたところで誰も困らない、報いを受けるのは自分だけ。逆に考えれば、クロウが逃げなくても助かるのは自分だけだった。
でも、今クロウが逃げることをやめて救えるものがあるとしたら、歯を食いしばって踏みとどまれるかもしれない。
「どうにもならないことをやらないのは悪いことじゃない。だが、どうにもならないことに悩んで、できることを放棄するのは時間の無駄で、ただの『逃げ』だ。俺はそう思う」
ずっと自分でも分かっていたことだったから、すらすらと言葉が溢れ出ていく。
「俺は明日、宇宙に飛ぶ。それが俺のできることだからな」
重みの無い稚拙な言葉が、どれだけセナに届くか分からない。それでも、クロウは言葉を繋いでいくしかない。
「自分にやれることを考えてみろ」
自分には、それしかできないから。
セナは黙ったままだ。いつになく饒舌になったクロウに、多少なりとも戸惑っているのかもしれない。
セナの中で何かが変わったのかどうか、そんなことは全く分からなかった。元々人の真意を見抜くのは得意じゃない。
我ながら偉そうな説教をしたものだ。だが、これが今のクロウにとっての「やれること」だ。
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