第32話 最終目標

 一切の休憩を挟まずシティに帰ってきた。ずっと眠っていたので実感はないが、警備局の兵士達にとっては地獄のような行軍だっただろう。


 人々が活発に動き始める朝の九時頃に街へと到着。クロウの幸運がまだ続いていたのか、エヴェリナは一旦は一命を取りとめ中央の病院へと緊急搬送された。セナは自宅に戻ることを強く希望し、半ば強引に入院を拒否した。無傷のクロウとキースは帰ってきたその足を引きずって、研究所へと向かう。


 明るく清潔な廊下は懐かしく思えると同時に、どこか別の世界に迷い込んでしまったような落ち着かなさを感じた。ヴァルタの街の光景が、同じ星の上の、それも車で一日もかからずに移動できる範囲内でのものとは思えなかった。


 格納庫の中もクロウが最後に見た時と何ら変わりなかった、些細な違いはあるのだろうが、今の自分に「違い」だと認識させる程のことではない。


「疲れているところ呼び出してすまない、二人共無事で本当に良かった」


 入ってきたクロウ達へのルーカスの第一声がそれだった。


「まず、私に謝らせてくれ。たかが部品のために君達の命を危険に晒すことになってしまった」

「いいんです、所長、最終的な判断をしたのは俺です。それに、結果的にはヴァルタの現状を早く知ることができました」


 そんなことより、とキースはルーカスに計画の進行を促した。クロウも今回の任務に、途中は嫌気が差していたこともあったが、無駄だったとは微塵も感じていない。


「そうだな、今はやるべきことがある」


 この言い回しもライアンにそっくりだ、いやライアンがそっくりだと言う方が正確か。

 シティには研究所と議会、警備局という三つの権力が存在しているらしいが、そのうち二つを兄弟で占有しているのはいかがなものか、と思わなくもない。ただ、軍事面を握っているのが弟、というのは案外暴走の歯止めになるのかもしれない。

「まずは船の修理を今日中に終わらせたい」

「システム構築のシミュレートは既にやっておいたから、後は実際に組み込んで細かい調整をするだけだね」

 会話に割り込んできたフレッドの目元には大きな隈がはっきりと浮かび上がっていた。

 フレッドの仕事の速さには驚嘆するが、ルーカスの人使いの荒さも相当のものだ。爽やかな顔で「今日中に」などと恐ろしいことを言う。


「本当に終わらせられるのか? 俺もフレッドもへとへとだぞ」


 うんざりした様子で文句を言うクロウに、ルーカスはシャツの袖を捲りながら、


「今回は私も手伝う。宇宙船の修理なんて、そうそうできるものではないからな」


 今から時計の分解に臨もう、というわんぱく少年のような口振りに思わず笑ってしまう。技術者はいつの時代、どんな場所でも同じなのだ。

 服が汚れるのにも構うことなく船を弄り回す二人と一匹。ルーカスとフレッドはクロウ達の遠征中に船の図面を頭に叩き込んでおり、作業は驚くべきスピードで進んだ。


「これなら明日にでも打ち上げられそうだね」


 フレッドは声を弾ませる。その通りではあるのだが、先を考えると気が重い。


「なあ、例の『原因』を探すのって完全にシラミ潰しになるのか?」


 地球を忌まわしい過去へと縛り付ける楔、その破壊が最終目標だ。

 偶然地球に落ちてきただけの、小汚い運び屋には大それた筋書きで、未だに実感を持てないままここまで来てしまった。


 しかし、現時点では破壊すべき物が何なのか、どこにあるのか全く不明で、それを突き止める手段も出来損ないのローラー作戦だ。


 クロウは船の上部でメンテナンスハッチを開きながら大きなため息をつく。すると、それを聞いていたルーカスが船の下から這い出て、顔にべったりと付いた黒いオイルを手で拭う。

 深刻そうなクロウとは対照的に、ルーカスは余裕のある笑みを浮かべた。何か考えがあるらしい。


「多少なりとも予想はできてるんだ。まず、地球全体へ常に影響し続けようと思えば、設置場所はある程度限られてくる。地球上、地球周回軌道上、月も同様だな、そして太陽周回軌道上のどれかだ」


「太陽周回軌道上って……太陽系全体が含まれるだろうが」


「まあ、待て、ここからは特に根拠のない推測になってしまうが、我々に最も撃ち落されにくい場所はどこだと思う?」


 地球の周回軌道上にある人工衛星の撃墜は既に成功している。月に行くのだって不可能ではないだろう、人類は初の有人宇宙飛行から一〇年足らずで到達したのだから。

 だが、その人類が成し遂げるのにブレイクスルーを要したのは、


「太陽の近く……か」


 スラスターから推進剤を噴射したりスイングバイで放り投げられているだけでは到底辿り着けない。反重力エンジンの登場が必要不可欠な場所だ。


「万が一ということを考えれば、私ならそこに設置する。もちろん複数基必要になるがな」

「探してみる価値はあるな」


 地球を去った人間の総力を結集したのだとすれば、生半可なことはしないだろう。太陽の周りに、一〇〇年働き続ける人工衛星を飛ばすくらいのことはやってのけるに違いない。

 とりあえず、アテができただけでも気分が軽くなる。

 ただ、恒星に近付くというのは、それはそれで気が進まない。莫大な熱や磁気はトラブルの素、それも致命的なタイプの、だ。


「太陽……か」


 白い照明が無機質に輝く天井を仰ぎ見て、また深いため息。

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