第31話 帰還

「キース調査員と装備品A、無事保護しました!」


 迷彩服を着た兵士が装甲車の前で高らかに言う。


 クロウには何が起こっているのかさっぱり理解できていない。

 セナの方で銃声が上がったと思ったら、その直後に突如照明弾が打ち上げられ、あちこちから敵への攻撃が開始されたのだ。呆然としていたクロウはキースに乱暴に抱きかかえられた後、ここまで連れてこられた。


 軍用トラックや装甲車が列を作り、その間を大勢の兵士が忙しなく動き回っている。全員、銃や防弾ベストを装備した完全武装で、緊迫感のある面持ちだ。


 キースとクロウは途中から一人の兵士に先導され、車列中央付近の装甲車まで案内された。さっきの兵士の呼びかけに応じ装甲車後部の扉が開き、クロウ達は入るよう促される。


 車内は両側に椅子の並んだ標準的な兵員輸送装甲車の内装で、普通の人間の男が座った際に、かろうじて頭をぶつけない程度の高さだ。

 クロウ達を迎え入れたのは、他の兵士と同様、迷彩服に身を包んだ男だ。見た目からするとほとんど老人と言ってもよいくらいだろう。


「二人共、よく生きていてくれた。キースとクロウ……だったかな」


 扉を力強く閉じながら、老人が口を開く。

 クロウの名前を知っているのはいいとして、「二人」という勘定をするということは、


「俺のことを知ってるのか?」


 思わず言葉を発してしまったが、老人は特に驚いた様子を見せなかった。


「ああ、もちろんだとも。おっと、自己紹介が遅れたな。私はライアン・ブロフィー、警備局局長でルーカスの弟だ」


 そう言われてみれば、ライアンの顔立ちはルーカスとよく似ている、何というか線の太いルーカスといった感じだ。ライアンの方が背は高く体格も良いが、全体的な雰囲気は何となく「弟」っぽい。

「危ないところでした、救援に来ていただき本当に感謝します」

 キースの深い礼にライアンは手を横に振って答える。


「礼なら兄貴に言うんだな。俺は頼みを聞いただけだ」

「所長が?」

「ああ、まず、東部調査拠点から研究所の方に連絡がいってな。それから兄貴が『嫌な予感がする』って俺の方に頼みに来たのさ」

「そうだったんですか」

「兄貴から話は聞いている。今、車内には関係者しかいないからな、安心してくれ」


 ライアンがそう言って奥の椅子に着いた時、車内片側の椅子を三つ占領して横になっている人物に気付いた。セナが毛布を掛けられ眠っている。


「セナ、大丈夫か?」


 クロウはキースの腕から抜け出しセナのもとへと走り寄った。キースも頭上を気にしながらゆっくりと近付く。


「彼女は軽傷だ、ただ、ショック症状に陥っていたんでな、鎮静剤を打って落ち着かせた。今はそっとしておいてやれ」


 ほっとして力が抜けた。だが、もう一人の姿が見えない。

「局長、セナの他にもう一人女性の兵士がいたはずです、彼女は?」

 クロウよりも先にキースが尋ねた。声の震えは隠せていない。

ライアンの顔に陰った表情が浮かぶ。最悪の事態が二人の頭をよぎった。


「エヴェリナという少女のことか……彼女は極めて危険な状態だ」

「そう……ですか」


 キースも軍人の端くれみたいなものだ。みっともなく喚いたりはしない。代わりに、力なく座り込んで頭を抱える。


「今回はこういう事態を想定して来ている。十分な医療設備は用意した、街から無理矢理獣医も連れてきたしな……結果はどうであれ、最善の努力は尽くせるはずだ」


 あそこで分かれたのが間違いだった、せめてクロウかキースのどちらかが付いていくべきだった、そもそもあの林に向かったのは正しい選択だったのか、数え切れない程の後悔が頭を駆け巡る。

 純粋な結果の積み重ねが今である以上、「あの時、こうすれば」が無意味だというのは自明だ。

それでも自分を恨むしかない、それが一番手っ取り早いのだ。


「二人共気持ちは分かるが、後は医者の仕事だ。俺達には俺達のするべきことがあるだろう」


 立ち止まっている暇なんてない。一刻も早く宇宙船を飛ばすために、この強引な脱出を遂行したのだから。


「これから街に戻るのか?」


 目的の物を手に入れたのだ、留まる理由はない。当たり前の話だったが確認しておきたかった。そうすれば今すぐにでも安心することができる。

 ライアンはクロウの質問に腕を組んで頷く。


「少女の治療が一段落し次第出発の予定だ。急な作戦で部下達は疲れ切ってるし、何より、兄貴と議長の工作がそろそろ限界に迫っている」


 一段落、か。

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