第28話 市庁舎へ
キースは、どこか遠くを見るようなそんな調子で語り始めた。
「アデラと出会ったのは十三年前、丁度ルーカスさんが所長に就任して、研究所に調査員という役職が設置された頃、つまり、遠方の残存コミュニティを探そうっていう試みが始まった時期だな。遠征がし易くなるように森を切り開いて道を敷いている時、今のセナの家、あのシェルターを見つけたんだ」
「セナの家族はシティに属してなかったってことか? そんなに街から離れてないだろ、それまで気が付かなかったのか?」
「どうやら俺達がセナの一家を見つける少し前くらいに、別の所から引っ越してきたらしい。どこから来たかは教えてくれなかったが、彼女らの存在も調査の後押しになったのは確かだ」
たまたま現在進行形で使用可能なシェルターを発見できるとはかなりの強運の持ち主だな、と半信半疑な見方をしてみたが、クロウが偶然地球に到達できたことと比べれば、参加賞と一等賞くらいの差はあるのに思い当たる。
「旦那のミックはその時点でだいぶ病状が進行していてな、中央の病院に移したが長くは持たなかった。だからあの人とは大して話せてないんだが、頭が良くて、知識も豊富だったよ、所長が舌を巻く程にな。それもあって、所長は一家がどこから来たのか懸命に調べてたが、未だに分かってない、セナも覚えていないしな」
フォレストシティ以上に発展した都市が地球にある、ということなのだろうか。いまいち想像できない。
「おっと、話が逸れたな。ま、それから色々あってアデラにも調査員に加わって貰ったんだ。ミックとは対照的に気の強い女だったよ……でも、人一倍優しかった。だから、他のコミュニティとの橋渡し役として大活躍してた、こいつに仲良くなれない人間なんていないんじゃないか、そう思わせる程にな」
話を聞くとまるでセナのような人だったらしい。その人当たりの良さが演技なのか本当の姿なのか知る由はないが。
何となく今のセナを形成する一要素が分かった気がした。十分に満足する程聞けたので礼を言って会話を打ち切ろうとしたが、キースはクロウに構わず話を続けた。
その目に宿っていたのは、深い悲しみと罪の意識だった。今にも自分の頭を撃ち抜きそうな、そんな目をしていた。
「その油断が……仇になったんだろう。彼女は殺されたよ、とある街で代表と話し合いをしたその帰りに、背後から誰かに撃たれたんだ。俺の目の前で……」
キースは痛みに耐える時のように拳をきつく握りしめ、呻くように言葉をひねり出した。
「それを俺に話してよかったのか?」
銃を向けられても話さず、ついさっきも教えないと宣言した真実を、数日の付き合いしかないクロウに打ち明けてもよいのだろうか。
「さあな、もし俺に何かあった時はお前からセナに伝えて欲しい、そう思い直しただけだ」
戦闘に一たび巻き込まれたなら、最も敵から狙われにくいのはクロウだろう、その分生存する確率も圧倒的に高い。クロウに頼むのは自然な流れだろう。
「彼女との約束ってのはいいのか?」
「それについては大丈夫さ、この任務が終われば果たしたも同然だ」
キースはそう言うが、とても首を縦に振る気にはなれない。
「そういう重いことは人任せにするんじゃねえよ。自分でやれ」
右手でキースの膝を強く叩いた、本当はこういう時肩か背中を叩くのだろうが、手が届きずらいので仕方がない。
それにしても、何だかキースの死亡確率が格段に上昇しそうなセリフを吐いてしまったが、気にしないことにしよう。
市庁舎への道のりは真っ暗で、星明りだけが頼りだった。だが、逆に言えばそれだけだ。銃を持った敵が物陰に潜んでいたり、獰猛な獣が闇の中から目を光らせている訳でもない。
その上、不完全な暗闇など猫にとっては障害にならなかった。クロウはキースによって腰に巻き付けられた極々小さなライトを揺らしながら、三人を先導する。市庁舎は街のどこからでも見える程巨大な建物なので、別に指示されなくともクロウは単独で到達できるのだが、それはさすがに猫の範疇を超えている。大人しくエヴェリナやキースに言われた方向へと歩くことを徹底した。
「ホントにスゴイ猫だな、完全に言葉が分かってんじゃん」
背後からエヴェリナの感嘆の声が聞こえてくる。字面だけなら馬鹿にしてるにも程がある発言だ。
街の中心に近付くにつれ、道の状態は無傷に等しく、区画整理もされているのでクロウの先導もほとんど必要なかった。その証拠に三人はクロウのことなどお構いなしに仲良談笑している。
ただの散歩同然の手軽さと時間で市庁舎の前に着いた。
夜の中にそそり立つ大きな黒い影、人間にはそう見えているだろう。クロウからすれば、つまらない造りのオフィスビルってところだ。頑丈そうなコンクリートの壁に四角い窓が行儀よく整列している。十階建てくらいで、地球で見た建造物だとかなり高い部類だ。
「入り口はこっちだ」
エヴェリナが駆け出した先には開け放たれた重そうな扉。その両側には細長い花壇が設けられ、街の惨状などとは無縁に植木が茂っていた。
さすがに建物内部は一段と暗く、互いの姿も見えないぐらいだったのでキース達は懐中電灯を点灯した。窓もあまり多くないので外に光が漏れる心配はないだろう。それに、今向かっているのは地下だ。
椅子や書類、その他雑多な小物が散乱するロビー、廊下を通り抜けたが、特に何かが起こることはない。暗闇に怯えるピュアな子供などもいないのだから、あっさりと地下への階段を下りて、分厚い扉の前に到着した。
現実なんてこんなものだ。宝を隠したダンジョンなんて存在しないし、モンスターについては言うまでもない。
ただ、一行を阻む鍵のかかった扉だけは実在していた。
「おい、鍵とか持ってないのか?」
とても蹴破ったりできる類の扉ではないことは明白で、困り果てたキースが投げやりにエヴェリナへ聞いたが、案の定彼女は首を横に振る。
「コンピューターだけは惜しいみたいでさ、盗まれないようにここに隠して、鍵は持ってっちゃったみたい」
「おいおい、どうすんだよ……」
かつてない大きなため息をついて頭を抱えたキースに、エヴェリナは慌てて言う。
「大丈夫だって、無理だって分かってるのに、わざわざ連れてきたりはしないよ」
彼女がそう言って指差したのは天井のダクトだった。
「あそこから入れる」
「そんなに甘くはねえだろ」
半信半疑のキースにエヴェリナはむすりと言い返す。
「昔っから仲間内じゃ有名だったんだから本当さ。開かないと思われてるけど、実は簡単に入れる部屋、なんて色々使い道があるだろ? ま、私は入ったことないんだけど」
信用のできる経験談を聞いたキースは、
「よし! それじゃあクロウ、行け!」
と当たり前のように言い放ち、クロウも二つ返事で引き受けそうになったが、重大なことを思い出し踏みとどまる。
クロウが予想した通り、エヴェリナは不思議そうな顔でキースを見つめ、見つめられた方も自分のミスに気付いていた。
「さすがにその猫がいくら利口でも、それは無理じゃない?」
「いや、ちょっとうっかり言い間違えただけだ、セナ、行ってくれ」
「え、私? 私はちょっと……」
急に指名されたセナは、いつもらしくなく何か抵抗ある様子だった。全員が不審に思ったが、クロウとキースはその理由に思い至った。
セナは必要な電子部品を把握していないし、そもそもコンピューターについての知識も危ぶまれる。
エヴェリナに勘付かれないようにクロウとキースはアイコンタクトを交わし、お互いの認識を確かめる。そして無事確認を終えたキースがぎこちなく口を開いた。
「そ、そうだな、じゃあクロウを連れてってもいいぞ、そしたらセナも大丈夫だろ?」
「え、ええ、そうね」
あまりにもクオリティの低いやり取りに目を逸らしたくなる。エヴェリナも何が起こっているのか分かっていない様子で、セナとキースの二人へ交互に視線をやっている。
「何が大丈夫なのか分かんないんだけど、嫌なら私が行こうか?」
「いやいやいや、全然大丈夫だ、それには及ばない」「そうそう、全然大丈夫」
張り付いたような笑顔を顔に浮かべながら、天井のダクトへ入るために周囲の椅子を並べた。
エヴェリナが付いてきてしまってはクロウが喋られなくなってしまう。
そのままエヴェリナからの疑惑を勢いで押し切り、キースがセナを天井まで持ち上げ、その後にクロウを放り投げた。最後に例の空のケースをセナが受け取る。
「何か、二人共変だけど、本当に大丈夫?」
「そうか? 疲れてるだけだと思うけどな」
下から聞こえてくるキースとエヴェリナの会話を聞きながら、セナは匍匐でダクトの中を這い進み、クロウはそのお尻を追うように歩く。
埃の積もった狭いダクトを通っていると、幼少期の記憶が思い出される。軽くて小柄な〈喋る猫〉にはピッタリの仕事であった。
ほんの数メートル進んだ所で、開かずの扉の内側に入ることができた。ダクトから部屋へと繋がる換気扇はセナが少し力を入れるとあっさりと抜ける。エヴェリナの言う通り普段からダクトを使っての出入りが繰り返されていたようだ。
セナは軽やかな動きで重さを感じさせない滑らかな着地をした。クロウもそれに対抗し無音で飛び降りようとしたが、地面に着く前にセナの胸に抱き止められた。
「なんで受け止めるんだよ!」
クロウのくぐもった抗議を受け、セナは可笑しそうに笑みをこぼしながらクロウを床に降ろした。
「おーい、そっちは大丈夫か?」
扉の向こうからキースの声がかろうじて届く。部屋の壁も扉もかなり分厚いようだ。
「ええ、問題ないわ、でも扉は内側からも開けられないみたい」
鍵がないと開けられない型の扉だった。しかし、これならクロウが遠慮なく話せるので好都合だ。
「さて、始めるか」
念のため声を低くし、部屋の中を見渡した。少なくとも数週間分の埃が舞い上がり、ライトの光に反射し白く漂っている。鼻のむずかゆくなる光景だが、その奥にちゃんと求めている物は存在していた。
それなりに広い部屋の半分以上を埋め尽くす旧式のコンピューター。それらに混じって華麗な装飾の施された絵画や陶磁器が鎮座していたが、それはどうでもいい。宇宙に持って帰って売り捌けばそれなりの額にはなりそうだが、現時点では何の価値もない。
「セナはとりあえずこいつらを分解してくれ、一〇台もバラせば十分だ」
「りょーかい」
手持ちの工具で次々とコンピューターの内部を露出させていく。焦る必要は全くないのだが、どうしても手つきは手荒になってしまった。
結局三台駄目にしてしまったが、三〇分以内に必要な分を確保し、丁寧にケースへと収めていく。
一連の作業を終え、来た時とは逆の順番でダクトへ戻った。同じ道を辿り、クロウがダクトからひょっこりと頭を出すと、ほっと胸を撫で下ろすキースとエヴェリナの姿が眼下に見えた。
「よし、後は帰るだけだな」
キースが皮肉っぽい笑顔を作る。
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