第26話 戦いの跡

 それからしばらくクロウ達も休息を取っていると、だんだんと部屋に影が伸び、その境界が曖昧になってきた。丁度よくエヴェリナも目を覚ます。


「……久しぶりに生き返った気分だよ、ありがとう」

まだ眠そうな目をごしごしと擦りながら、微笑んだエヴェリナ。


「俺達は車に諸々を取りに戻るつもりなんだが、手伝って貰えないか?」

「いいよ、お安い御用さ」


 そう言って三人と一匹で移動を始めた。待ち伏せの心配がない分、往路の数倍のスピードで進み、日が完全に沈む前に車へ到着することができた。

「凄いハンヴィーだね、うちとは大違いだ……」

 車体のボンネットを軽く叩きながらエヴェリナが呟く。弾痕はいくつも残っているが、一発も貫通せず、クロウ達は無傷で市街地に入ることができたのだ。かなり優秀な設計の装甲なのだろう。

 キースはバックパックを荷台から取り出して背負うと、次に中型のスーツケースのような物を出してきた。

「エヴェリナ、こいつを頼む」

「何これ? 空っぽじゃないか」

「耐衝撃ケースだ。精密部品をそのままポケットに突っ込む訳にはいかないからな」

 キースはその後、持ちにくそうな細々した装備をクロウのバックパックに押し込むと、有無を言わさず無理矢理クロウに括り付けた。その様子にエヴェリナはもはや驚いていなかった。慣れとは恐ろしいものだ。


「あれ? 私の運ぶ分は?」


 何も割り当てられなかったセナが両手を広げてみせる。

「無さそうだな」

「じゃあ、これ持ってく」

 セナが荷台から選び取ったのは、野営地で汲んできた水の入った大きなポリタンク。随分と重たそうだ。というか二〇リットル以上あるのはセナもクロウも知っている。


「どうせ使わないんでしょ?」

「飲料水にも余裕があるし、帰るときには捨てるつもりだったが……使わないなら運ぶ意味もないだろ」

「使うの!」


 強情に言い張るセナに、キースは早々に諦め了承した。

 セナはタンクを担ぎ上げたが、その足はふらついている。わざわざ苦労して運ぶということはそれなりの理由があるらしい。


 一行はエヴェリナの案内で先程とは別の民家に向かった。建物の状態が良く、より敵の接近が分かり易いポイントだという。

 街の中心にある程度近付いた形となり、全体的に街並みもしっかりと残っていたが、所々大きく崩れている光景も見受けられた。その瓦礫の山の近くを通った時に、迫撃砲による攻撃があった、とエヴェリナが説明してくれた。

 到着した民家は彼女の言った通り、傷一つ付いていなかった。家主が慌てて逃げたためなのか、衣類などが散乱している他はごく普通の家だ。

「ここまで小綺麗だと勝手に入るのは悪い気がしてくるな」

 テーブルの上に積もった埃を指でなぞりながらキースが言うと、すでにずかずかと家中を歩き回っていたエヴェリナが答えた。

「別に気にしなくていいよ、私の家だし。ま、こんなことになってから帰ってきたのは初めてだけど」

 数多く立ち並んだ無事な民家の中から、迷うことなくこの場所を選んでいたのはそういう訳があったらしい。

「この家の様子を見る限り……ご両親は上手く避難できたようだな」

「多分ね。戦闘が始まってから会えてないけど、無事だと思ってる」


 エヴェリナはどこからか箒を見つけてきて、家中の窓を開け放つと、積もった埃を払い始めた。生活で生じた埃だけでなく戦闘で舞い上がった砂塵も混ざっている。目の前に白っぽいフィルターができた様で、全員揃って思わずくしゃみが飛び出た。


 掃除を終え、部屋にあったテーブルの周りに椅子を並べる。誰が「そうする」と言った訳でもなく、自然とそこで夕食を取ることになったのだ。椅子は四脚あったもののクロウが食卓を囲むのはあまりに奇妙なので、猫らしくみんなの足元に位置付けられる。


 キースはあの不味い保存食を配ると席に着く。キースが一人で座り、その向かいにセナとエヴェリナが隣同士に着いた。

 戦場の中の一風景とは思えない異質さだ。しかしテーブルがあるのにそこで食べないというのもまた滑稽な話であろう。どちらもおかしいなら落ち着ける方を選ぶのは当然だ。

 キースやセナが顔を顰めながら喉に流し込んでいる保存食を、エヴェリナはがっつくように減らしていく。彼女が過ごしてきた日々には同情を禁じ得ない。


「エヴェリナ、電子部品の回収が終わったら俺達と一緒に街を出るんだろ?」


 エヴェリナはスプーンを動かす手を止め、口の周りを袖で拭いた。

「ええ、そのつもり。さすがに、これ以上ここに留まるのは命がいくつあっても足りないから」

「こちらとしても、後でヴァルタの避難民と接触する時に内部の人間がいてくれた方が色々と楽だからな、助かる」


「でも、出る方が残るより難しいよ。仲間が何人も失敗してる」

「何とかしてみせるさ」


 自信があるのか強がりなのか、キースはそう言い放つと残った食べ物をクロウの皿に落として席を立った。

 クロウは恨めしそうな唸り声とともに思いっきりキースを睨みつけたが、キースはクロウにだけ分かるように小さく笑っただけだ。

「俺が見張りをやるから、みんなは休んでてくれ」

「それなら、二階のベランダから屋根に上る梯子がある。それと、私の銃も使ってくれ」

「ああ、分かった」

 壁に掛けられていた自身の銃とエヴェリナの狙撃銃の両方を持って、キースは階段の上へと消えていった。

 それからしばらくして、やっと食事を終えたセナが立ち上がり室内を見回す。


「ねえ、シャワールームってどこ?」


「そこの角の扉だけど、水道は通ってないよ……ああ、そのために水取ってきたのか」

 一人で納得したエヴェリナは「自由に使って」とセナに伝えた。しかし、セナはそんなエヴェリナの手を強引に引っ張って、


「何言ってるの? あなたも、よ!」

「え? ちょっと」


 二人して扉の奥に入っていくのを、クロウは適当なクッションを見つけ寄っかかりながら見送った。

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